第35話不穏な空気
とうとうしずくの班が練習試合をする番がやってきた。
しずくは背が低いので上に載せられることに決まっていた。
五人の女子がしずくの体を持ち上げたとき,
しずくは内心びくびくしていた。騎馬戦で転落して頸の骨が
折れて寝たきりになった男子の話を聞いたことがあったからだ。
高いところが嫌いで,ジャングルジムのてっぺんやのぼり棒にも
頑として登らなかったほどであった。
(こんな怖い思いしなきゃならないのも,ちびだからだ。
親は二人とも背が高いのに,誰に似たんだろう。)
と嘆いた。
「よーい,ドン!」
というかけ声と共に,試合が始まった。
しずくを担いでいるのは五人の女子だった。
相手の鉢巻を取らなければならない。
敵方のチームが目の前に接近してきた。
しずくは素早く相手の頭から鉢巻を奪い取った。
勝ち負けはどうでもよいらしく,取られた女子は
「きゃあ,取られちゃった。」
と大して気にするそぶりを見せないので
しずくは意外に思った。
結局しずくは五本も鉢巻を取った。
授業が終わって更衣室で体操服から制服に着替えているとき,
「山野さんすごいね。」
「いつもゆったりしているのに今日はスピーディーだね。」
などと,珍しくたくさんの女子がしずくに話しかけてきた。
いつもは黙々と隅っこで着替えるだけだったのでしずくは戸惑ったが
まんざらでもなかった。
例の二人組みはその様子を見てすこぶる面白くなかった。
「何だ。山野ばっかりちやほやされて。」
と鈴木が鬼のような形相で言うと,横山も
「何であいつばっかりほめられるんだ。」
と不快感をあらわにした。
しずくは二人を横目で見てぞっとした。
(また何かインネンつけてくるぞ。面倒なことになった。)
さっきまで得意な気分はすっかり沈んでしずくは憂鬱になった。
昼休みが終わり,五時間目の授業は音楽だったので
しずくは支度をしてさっさと教室を出ようとした。
すると,サッカー部の男子に呼び止められた。
(なんだよ。今急いでいるのに。)
といらいらしながらしずくは
「何。何の用」とぶっきらぼうに切り返した。
「佐藤くんのことどう思う?好き?嫌い?」
と重力に逆らった髪型でいかにもガラが悪い
その男子は同じクラスの男子の名前を出してきた。
(口もきいたこともない奴のことどう思うって聞かれてもなあ)
としずくは思った。
「なんとも思わない。好きでも嫌いでもない」
と返すと,今度は
「じゃあ田中君は?好き?嫌い?」
と聞いてきた。しずくが前と同じ答えを返すと
「じゃあ鈴木君は?好き?嫌い?」
と聞いてきた。またしても答えは前と同じだった。
結局全部で10名の男子の名前を出され,しずくがうんざりしていると,
「大河は?」となぜか一際大きな声で尋ねられた。
しずくは
「嫌い!」
と負けじと大きな声で言った。
その途端,カーテンがゆらゆら揺れて,大河その人が飛び出してきたので
しずくは肝をつぶした。
「〇◎×△▲▽▼#!」
と意味不明な奇声を上げると,
泣きながらどこかへ走り去っていった。
それを見て教室にいた2,3人の男子がみな腹をかかえて笑い転げた。
みな大河と同じ部活のサッカー部に所属していて,
大河に頼まれて彼のことをどう思うかしずくに質問したのだった。
他の男子の名前をあげたのはカモフラージュに過ぎず,
カーテンの陰でどきどきしながら聞き耳を立てていたのだった。
「ばかだなあ。自分で勝手に質問させておいて嫌いっていわれたら
めそめそするなんて。ほんと。だいっきらいなタイプだ」
しずくは立ち聞きした大河のやり方にすっかり腹を立ててしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます