第28話死への誘惑
一向に助けはこない。チャイムの鳴る音にしずくはぎくりとした。
(今何時間目だろう?1時間目かな?2時間目かな?
ていうか,どのぐらい寝てたのかわからないから
厄介だな。もしかしたら熟睡してる間にチャイムが
何回も鳴ってたのに気がつかなかったかもしれない。)
外は雨が降っているが部屋の中はじめじめとむし暑かった。
この学校に冷房はないということをしずくは苦々しく思っていた。
(フン,目の玉が飛び出るくらい高い授業料むしり取っておいて,
冷房一つない不便な校舎しかないんだから笑わせるぜ。)
しずくは下敷きを出すと,バタバタとあおぎはじめた。
「どうせ誰も見てないんだから,いっか。」
というと,リボンをはずして放り投げ,シャツの第二ボタンまではずした。
まだ着慣れていない制服のシャツの襟は硬いので
首を絞められているようで窮屈だった上に,暑苦しかったのである。
ついでに,スカートをまくりあげて裾をウエストにはさんだ。
涼しかったが,窓に映る自分の姿が実に奇妙な姿だったのでしずくは噴出した。
「暑い。のどかわいた。」
としずくは声に出してつぶやいた。いつだったか,
自分でも気づかないうちに独り言を言ったら
周囲の生徒にまるでバケモノでも見るかのような目つきで
見られ,冷たい視線にいたたまれなくなってトイレに逃げ込んだことがあった
ことを思い出し,しずくは苦笑した。
少なくとも,部屋に独りきりでとじこめられている今は,
人の目を気にする必要はないわけだ。
そもそも友人が独りもいない孤独なしずくには独り言でも言わない限り,
声を出す機会がなかった。
家に帰っても母親とはほとんど口をきかなかった。
こんなに何にもしゃべらなかったら言葉を忘れてしまうのでは
ないだろうかと不安になったこともあった。
もしここから無事に出られても,今まで通り誰絵ともしゃべらずに
独りで黙々と日課をこなし,家に帰っても自分を嫌っている母親
との二人きりの味気ない生活に戻るだけだ。
晩御飯も惣菜ばかりでおいしくなかった。
早くここから出たいのはやまやまだが,
何の楽しみもなく,疲ればかりがたまっていくだけの
日常にはもううんざりしていた。
「ああもうたえられない。気が狂いそうだ。
いっそここから飛び降りてやろうか」
そういうと,しずくはがらりと大きく窓を開け放った。
途端に入り込んできた雨粒に体をぬらしながら,
しずくは窓から身を乗り出した。自習室は校舎の三階に位置しているので,
アスファルトで固められた地面に落ちたら,頸の骨が折れて死ぬだろうという
ことはわかりきっていた。
「叩きつけるように降る雨といっしょに下に落ちてしまえば楽になれるのに。」
としずくは思ったが,はるか下の地面を見ると,途端に怖くなり,
殻に戻るかたつむりのように,窓から首をひっこめてしまった。
しずくは窓辺に立ったまま,しばらく雨が降る様子をぼうっと眺めていた。
しばらくぼうっと無人のグラウンドを眺めていたが,
「死ぬということは,この世の一切の苦しみから解放されることだ。」
という考えが突然しずくの頭の中にひらめいた。その瞬間の衝撃は,
静電気が起きてピリッと指に刺激を感じたときの感覚に似ていた。
再びしずくは死への誘惑に駆られた。死がなにか,とても美しい崇高な
ものであるかのように思えた。
「死んでしまえばもうなんにもいやなこともないんだ。
それに,死んだら由紀に会えるかもしれない」
そう思うと,しずくはぞくぞくするような興奮を覚えた。
「よし,さっそく遺書を書こう」
しずくは自習用にもってきた教科書の表紙の裏に
「生きていくのがいやになりました。
妹のもとにいきます。」
と走り書きをした。
その直後,いきなり部屋の照明が消え,
辺りがまっくらになった。
「停電だ!」
としずくは叫んだ。
稲妻が鋭いナイフのように灰色の雲から突き出て光るのが見えた。
その数秒後,ゴロゴロと不吉な音を立てて雷鳴がとどろいた。
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