第19話ゴミサンタ
午後の授業はあっという間に終わった。
用はないとばかりさっさと帰ろうとするしずくのことを
「山野さん,山野さん」
と呼ぶ者があった。
「何?」
としずくはぎくりとして振り返った。相手の声の調子には棘があり
(なにか悪いことしたかな)
としずくはおびえた。
「今週うちらの班がそうじ当番だから」
とその女子が言った。教室そうじ当番の班は
1週間毎に替わることに決まっている。
今週しずくたちの班に順番がまわってきたのだが
しずくは週の前半休んでしまったのでわからなかったのである。
仕方なくいすと机を教室の後ろに移動させ始める作業に加わった。
最初はいやいやながらだったが黙々と作業に集中していると苦にならなくなった。
5個の机を難なく運んだ後,教室の隅の方にぽつんと取り残された
机を見つけしずくはそれを運んでしまうことにした。
両手でかかえて持ち上げようとしたが
異様に重く,ぴくともしなかった。やっとのことで
持ち上げた途端,腰にずきりと痛みが走った。
(うっ,痛い。なんて重いんだ)
苦痛に歯を食いしばりながら
机を運んだ。しかしあまりの重さに途中でしずくはバランスを崩してよろめいた。
たちまち机が傾いて中身がばらばらとこぼれ落ちてしまった。
(しまった!中身が入っていたのか。どうりで重いと思った)
しずくはあわてて床に散乱した教科書やノートを拾い始めた。
ふと見ると背表紙に名前が入っていた。
(一体誰のだろう)
と思って見ると,なんと「大河道丈」とまるっこいゆがんだ字で
書かれていた。
(ゲッ!あいつかよ!汚い字!)
とどのつまり,大河は勉強が嫌いで全教科の教科書やノートを置き勉しており
そうじ当番の者はみなそれを運ぶことを敬遠していた。それを知らずに
運悪くしずくは中身がぎっしり詰まったその重い机を運んでしまったというわけ。
するとクラスでも騒がしいグループに属する男子が
めざとくそれを見つけからかいはじめた。
「あ!山野,おまえ大河のこと好きだろ!
わざわざ大河の机運ぶなんてすげえ!」
と周囲の生徒がみな思わず振り返るような大声で叫んだ。
しずくはぎょっとしてぶんぶん腕を振り回して抗議した。
「違うよ!そんなわけないでしょ!嫌いだよ!」
相手がむきになって否定するのを見てこの男はもっとからかってやろうと思った。
「あれ何でそんなに興奮してるわけ?真っ赤になっちゃって。
教科書にさわるなんていやらしいね」
しずくはいつのまにか大河の教科書を丸めて相手にむかって
振り回していたことに気付き,あわてて投げ捨てた。
「ごまかしてもむだだぞ。」
とにやにやして言うとその男は走り去った。
(どうしよう。あんな奴ぜんぜん好きじゃないのに。
あいつがいろんなところにふれ回ったら大変だ)
としずくは憂うつな気分になった。
しかし仕事はまだまだたくさん残っており,立ち止まってくよくよ
悩んでいる暇はなかった。むりにもちあげても
また同じ結果になることは火を見るよりあきらかだったので
床に足がついたままひきずって運んだ。その間中
ぎいぎいと4本の足が床をひっかくいやな音がした。
(あいつめ。こんなひどい目にあわせやがって。ただじゃおかないぞ。)
としずくは思った。
(大体全教科置き勉するような奴はろくなもんじゃねえ。
それにしても凄い音だ。床が傷ついたら困るな)
掃き掃除と雑巾かけが終わり机を元に戻した。
後はごみを捨てるのはだれか決めるだけである。
班のメンバーが全員集まってじゃんけんで決めることになった。
「最初はグー!じゃんけんぽん!」
としずくを呼び止めた女子の威勢のよいかけ声が響いた。
つぎの瞬間しずく一人がグーで他はみんなパーを出した。
要するにしずくが負けたのである。
重いかばんを背負うとしずくは焼却炉にもっていくために
サンタクロースよろしく大きな袋をもって教室を後にしたのだった。
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