第7話

 フルタイムで忙しく働く母親にかわって、しずくは家事を一手に


引き受けていた。中間テストが迫っているので、試験勉強に追われながら、


掃除、洗濯、皿洗いなどの家事もこなすともともとあまり


丈夫でないしずくはへとへとになった。


ある日、しずくが英語の問題集を解いていると、


「人生とは重い荷物を背負って、長い坂道をゆっくりと


 登っていくようなものだ」


という意味の英文が載っており、まさに今の自分のことに


当てはまっていると思った。


「毎日家事に勉強に追われて、なんにも楽しい事も無く、


 だれからも愛されない、馬車馬みたいに働くばかりの人生が


 これから一生続いていくのか」


と思うと、しずくはげんなりした。


 ある日、母が疲れて居間のソファに座っていた。


しずくが「あのね、今日学校で・・・」と話しかけると、


「疲れてるのにうるさい!」


と金切り声で罵声を浴びせられた。


「疲れてるのはこっちも同じだよ」


と、しずくが思わず言い返すと、母親は目を吊り上げて、


「なんだと!一円も稼いでいないくせにえらそうな!


 こっちは朝から晩までいやな思いして働いてんだよ!


 暇なくせに!」


と怒鳴り散らした。しずくはあまりの屈辱にぶるぶると身を震わせた。


そして、子供の頃に受けた似たような仕打ちの数々を思い起こしていた。


二年ほど前のある日、家族にでかけたときに撮った写真を眺めながら、しずくは


「あたしって写真うつりが悪いなあ」


と、つぶやいた。すると、ソファでごろごろして週刊誌を読んでいた母が、


鬼のような形相になって顔を上げると、キッとしずくをにらみつけた。


「写真うつりが悪いだと!生意気な!おまえは自分がそんなに


 いい顔だとでも思っているのか!」


と叫んだ。そしてしずくのことを動作が鈍いだの、話しかけられても


反応が遅いだのとののしり続けた。日ごろ我慢強いしずくも


このときばかりは大声をあげて泣いたが、またどなられるはめになった。


自室に退却して真っ暗な部屋で枕に顔を押し付けながらしずくは


さめざめと声を殺してしばらく泣いた。


「あの女いつもいつもばかにしやがって。


 年を取って弱ったら、たっぷり仕返しをしてやるからな。

 

 そういえば前に肩が上がりっぱなしで夜も


 眠れないほど痛みがひどいから


 病院に連れていってくれと何度も頼んだのに


 大げさだとかうるさいとか罵倒されたんだっけ。


 あいつのせいで、病気が悪化したのかもしれない。」


と母親への憎しみではらわたが煮えくり返っていた


しずくは泣きはらした顔をぬぐうと闇をにらみつけた。


 

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