フロム・ピグマリオン

古月むじな

三年ほど前のことだ。

 大学時代の友人、丸岡に恋人を紹介された。

「一目見て、この子しかいないって思ったんだ」

 チェストに腰掛けたマネキンのつるりとした膝を愛おしそうに撫でながら馴れ初めを語る。バイト先のゴミ処理場で出会ったのだという。無数の粗大ゴミに埋もれたシンデレラに心奪われ、手を尽くして家まで連れ帰ったのだとか。いかにも出来のいいマネキンで、手足や指の関節が動くようになっている。

「もう彼女なしじゃあ生きられないよ」

 家に帰ると必ずキスをし、天気の良い日は車に乗せてドライブに連れていく。服も毎日替え、風呂に入れたり、人間同様に彼女のことを愛しているそうだ。なんにせよ、彼が幸せであれば何よりだと思い、私は祝福の言葉を告げた。

「式は挙げるのか?」

「わからない。ただ、ずっと一緒にいられたらいいと思う」

 結婚するときは呼んでくれ、たとえ行けなくてもお祝いを用意するから。そう言って、その日は別れた。




 数ヶ月後、丸岡が行方不明になったと聞いた。

 自分から失踪したらしい――駆け落ちだ。家族と彼女の仲を知られ、猛反対されたと。

「親父と取っ組み合いの喧嘩になったってさ」

「人形を捨てられそうになってキレたんだよ」

「お母さんやお姉さんにも手を上げたんだってね」

「姉ちゃんの顔、酷い傷がついてたよ。可哀想に」

「なんでああなっちゃったんだかなあ」

 同窓会は丸岡の噂で持ちきりだった。話に聞く限りでは、丸岡は無事、彼女と共に旅立っていったようだ。連絡が取れないのが不安だったが、私はひとまず安堵した。

「マネキンの指にさ、指輪まではめてたって? エンゲージ」

「うわー」

「取り憑かれちゃったんじゃないのぉ? 人形って、なんか宿るって言うじゃん」

「ていうか病院モンだろ。檻のついてるやつ!」

 彼女の髪を優しく撫でる彼の顔を見た私は、とてもそんな噂話には乗れなかった。




 それからしばらくして、私宛に差出人不明の手紙が届くようになった。

 同封された写真から、それが丸岡であることはすぐにわかった。どうやら無事、新天地に辿り着いた彼は、彼女と共に平穏に暮らしているらしい。

『あれから俺なりに、家族に反対された理由を考えていた』

『やっぱり、彼女と俺が違いすぎるのがいけない。このままの俺では、彼女と一緒になることはできない』

『少しずつ、彼女に合わせて自分を変えていこうと思う』

『何を言われようと、俺は彼女を愛している』

 正月とか暑中見舞いとか、今でも定期的に彼から便りが届く。彼の家族には知らせていないが、きっと知らせない方がお互いの為だと思った。

 というのも、手紙に同封された写真――丸岡の彼女のツーショットだ――のことがあるからだ。去年の年賀状に映った、彼女を抱きしめる丸岡の片腕が、生身のものではなくなっていたからだ。

 指先まできちんと関節が動く、彼女の体と同じつるんとした外観だ。

『今年の秋には結婚できそうだ』

 一番最近届いた手紙では、彼は両足をつるりとしたものに替え、彼女と寄り添ってソファに座っていた。彼らの左手の薬指には、真新しい指輪がきらきらと輝いている。ご祝儀の一つでも贈りたいところだが、あいにく送り先がわからず困っている。

 今年の秋――どこか遠い町の白く美しい家の中で、丸岡は彼女と永遠に添い遂げるのだろう。

 ベッドの上で寄り添う、つるりとした肌を持つ二人の姿を想像し、私は少し羨ましく思った。

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フロム・ピグマリオン 古月むじな @riku_ten

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