獣人は少女と旅をする
唄う猫
プロローグ
転生
冬は寒い。いくら雪が降らないと言っても風は冷たい。
寒さで目を覚ますと、隣では毛布の中で丸まった小さな女の子が寝ていた。
今朝はいつもより寒い。火の加護が付いたテントでも、今日の寒さの前では余り役にたっていないようだ。
自分の使っていた毛布を掛けると、少女は幸せそうな顔なった。
幸せそうな顔に満足しながら私は外に出た。外は白い霧が立ち込め、土を踏む度にパリパリと音が鳴った。
寒さをこらえつつ、アイテムボックスから昨日集めた薪を出して、火を着けた。
魔法は本当に便利だなぁと思いつつ、朝食の準備に取りかかる。
今朝は、少女の好きな生ハムのサンドイッチとキノコのスープにした。
出来上がる頃には、霧も晴れ太陽が出てきた。少女もテントから出て来たが、とても眠そうだ。
「おはよう、リリ。もう少しで朝食が出来るから顔を洗っておいで」
リリは小さく頷くと、トコトコ川の方へ歩いて行った。
途中、何回か転びそうになっていたが、戻ってくる頃にはいつものリリになっていた。
「おはよ、ジジ。毛布暖かかったわ、ありがとう」
「どういたしまして。さて、朝食にしようか」
アイテムボックスからテーブルと椅子を取り出して、朝食を並べる。
サンドイッチを見た瞬間、彼女は笑顔になった。
「いただきます」
リリは、大きな口を開けかぶりついた。とても幸せそうに食べる顔を見て、満足しながら私もサンドイッチにかぶりつく。
生ハムの濃厚な味をスライス玉ねぎがさっぱりとさせる。簡単にできるわりにとても美味しい。
「ジジの主は本当に料理上手だったみたいね」
「あぁ、主は色々作っていたよ。この世界は、元いた世界と似た食べ物が多くて良かった」
「早く、ジジの主に会いたいわ」
「そうだね」
早く会いたい。会って、あの時のお礼が言いたい。だから私はこの世界には来た。
私は元々野良猫だった。いつも餌を求めてあちこち旅をしていた。ある時、縄張りのボスとの喧嘩で足を怪我した。やっとの思いで逃げ出したが、空腹に負けて倒れた。
次に目を覚ましたとき、私は暖かな家の中にいた。
「おっ、やっと起きたか」
男は優しく語りかけた。
私は威嚇した。だけど男は笑って頭に手を置くと、優しく撫で始めた。とても気持ちよくて、なぜだかすぐこの人は大丈夫だと安心した。
男は私の怪我の手当てをしてくれた。お陰で後遺症もなく、一週間位で回復した。そしてその頃私は男を主と認めていた。
主は一人暮らしだった。毎日朝早くから夜遅くまで出掛けていた。一緒にいる時間は少なかったけど、主の膝のなかで丸まって寝ることが私の一番の幸せだった。
だけど、ある時主が帰ってくるなり倒れた。私はいつものように鳴きながら頭を主に押し付けたが、頭を撫でてくれることはなかった。変わりに「ごめんね」と言って、主は眠った。そして二度と起きることはなかった。
何日かして、知らない男達が家に来た。主を見つけるなり、慌てながら主に話しかけたりしていた。しばらくあとにまた別の男達が主を何処かへ連れていこうとしたので、飛び掛かった。だけど私は押さえつけられて、かごに入れられた。
私は鳴いた。
『主を連れて行かないで』
何度も何度も鳴いた。だけど主に会えることはなかった。
私は新しい飼い主に引き取られた。だけどその頃の私は人間不振で、いつも威嚇し、触られそうになったら爪をだした。
『主を返して』
私の言葉は人間にはわからない。だけど私は毎日訴え続けた。
暫くして、私は主を探すため、一瞬の隙をついて外に飛び出した。野生の勘はすぐに取り戻せた。
毎日歩き続けた。だけど見つけることは出来なかった。
私の体はいつの間にか壊れていたようで、ある時ばったりと倒れた。起きようとしても体に力が入らず、段々と寒くなった。意識も遠くなり、辺り一面が真っ白になった。
目を覚ますと、私は椅子に座っていた。
「やっと起きましたか」
男は向かいに座りながら、足を組み直した。
「此処は?」
「此処は死後の世界、貴方は、残念ながら死んだのです」
「死んだ……のか?」
確かに倒れた記憶はある。がその先の記憶は全くない。
「えぇ、でも貴方には新しい人生を選択する権利を得ました」
「権利?」
「はい、普通はこのまま死後の世界でのんびり暮らして、時が来ればまた地上へ降ります。だけど、希に別の世界へ行くことができる精神を持った者もいます」
「別の世界?」
「えぇ、簡単に言うと異世界です」
「そうか、だが私には関係のないことだ」
私は主に会いたい。今ならあの時のことも分かる。主はきっと死んだのだろう。
「まあ、最後まで聞いてください」
男は咳払いをしてまた喋り始めた。
「貴方のことは少し調べさせていただきました。貴方は、貴方の主に会いたい。違いますか?」
「そうだ」
「その主が異世界にいたとしたら?」
「……」
言葉が出なかった。
「私は貴方の主がいる世界へ貴方を導くことができる」
主に会える。不安がない訳ではない。だけど、主に会えるという事とを比べたら些細なことに思えた。
「私はそこに行けるのか?」
「はい」
男は立ち上がった。
「行きますか?」
「勿論」
私は力強く頷いた。
男が私に手をかざすと、まばゆい光が私を包み込んだ。
光が収まり、目を開けると私は主のような体になっていた。違う部分といえば、毛深い部分くらいか。
「貴方は、これから獣人として新しい世界へ旅立ちます」
それから世界のことについて色々と聞いた。
剣と魔法の国、色々な種族がいること。あと簡単な注意事項何かも聞いた。
「まぁ、説明はこんなところです。なにか質問は?」
「先程の説明で十分だ」
「では、君には知識を授けよう。普通は人間しか異世界転生をしないから必要ないが、君のような動物には少し分からないことが多いと思うからね」
男の手が頭に乗った。だけどこれといって変化はなかった。
「では、覚悟はいいかい?」
私は頷いた。
男は何かをぶつぶつ呟くと、足元が光始めた。
「じゃあ、頑張って主を探すといい」
光が私を包み込んだ。
朝食のあと、テントを畳んで出発の準備を整えた。
「今日は町につけるかしら?」
「どうかな、もしかしたらもう一日野宿かも」
「私は別に構わないわ、ジジの料理はおいしいもの」
「ありがとう。さて、行こうか」
あの後すぐに私はリリに出会った。そしてなり行きで一緒に旅をすることになった。
リリは真っ赤な髪が腰まで伸びる、背の小さな太陽みたいに明るい子。
彼女に出会わなければ、きっと私は道に迷っていたと思う。
「ジジ、どうしたの?」
リリが不思議そうにこっちを見ていた。
「いや、何でもないよ。」
「そう?」
神様のお陰でこの世界のシステムに苦労することはなかった。
「リリ、喉乾いてないかい?」
「少し乾いたかも」
「なら、少し待ってて」
アイテムボックスからコップを取り出して、水の魔法でコップを充たす。
「ありがとう」
コップを受けとると、リリは水を一気に飲み干した。
「おかわりは?」
「大丈夫」
コップを片付けてまた歩き始めると、町が見えてきた。
「どうやら今日は野宿しなくて済みそうだ」
「ジジの料理が食べられないのは少し残念」
「きっと町にも美味しいものが沢山あるよ」
「楽しみね」
新しい町に興味を馳せつつ、入口の列にならび始めた。
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