電脳新種生物サイバクルス!(旧バージョン)

螺子巻ぐるり

新世界と、ネコと、ワニ



『グォアアアアアアアッッ!!』


 巨大なモンスターの叫びが響きわたる。

 にらみあうのは、サイを思わせる角のモンスターと、3メートルはゆうに超えるだろう巨大なクマのモンスター。

 それぞれの後ろに立つ人間が「行け」と命令すると、2体のモンスターは地面をけり、足音を響かせながら、激突していく……


「おっはよー! ってユウト、また試合見てるの?」

「おはよ。ごめん、今良いとこだから……!」


 ぼくはスマホから顔を上げず、あいさつを返す。

 サイ型の全体重を乗せた突進を、クマ型が受け止めた。

 土に線を引きながら、押し流されるクマ。だけど吹き飛ばされることはなく、壁に背中を打ち付ける寸前で、その突進を受け止めきった!

「あー、ライノクルスとベアクルスね。昨日向こうで見たよ!」

「え、生で!?」

 おどろいて、ぼくは顔を上げる。

 話しかけてきたのは、ぼくの幼なじみである天宮アミだった。

「実際に見るとスゴい迫力だったよー。どっちもデカくて重いから、ズシズシと」

「へぇ、いいなぁ……ぼくも早く向こうで見れると良いんだけど……」

「楽しいよー、ネクストワールド。色んなこと出来るしね」

 アミはふふんと得意げに言う。


 ネクストワールド。

 それは今、全世界で流行しているVR空間のことだ。

 ヴァーチャルリアリティ、つまりコンピュータ上で作られた空間なんだけど、その再現度は高くて、まるでもう一つの現実にいるようだ、って言われてる。

 その中では、大勢の人が顔を合わせて話したり、体験型のゲームを一緒にしたり……とにかく、色んなことが出来る、らしい。


 ……ぼくは、動画でしか見た事ないんだけどね。

 アミの方は、もう二年近く前からネクストワールドに通っていた。

「ショウも最近アカウント取ったっていうし、ぼくも行きたいんだけど……」

「ふぅん。ショウ君も……。元気そう?」

「うん。向こうで友達も出来たみたいだし」

 ショウっていうのば、ぼくやアミの昔からの友達。

 去年遠くへ転校しちゃってから会えてないんだけど……


「ネクストワールドに行けるようになったら、また遊ぼうってさ」


 って、まぁ、ゲームだけならオンラインで一緒に遊んでるんだけどね。

 でもぼくが向こうに行きたい理由は、それだけじゃない。


「ぼくも早く自分のサイバクルスが欲しいんだよね……」


 画面の中で激突していた、二体のモンスター。

 彼らはサイバクルスと呼ばれる、ネクストワールドのゲームキャラクターだ。

 アカウントを取れれば、ぼくもネクストワールドの中で、自分だけのサイバクルスを連れて歩けるようになるんだけど……

「ま、小学生にはちょっと高いよねぇ」

 アミがつぶやく。

 そう。ネクストワールドに行くためには、専用のVRマシンを手に入れる必要がある。そしてこれがまぁ、高い。お小遣いで買うのは難しい。

 だから、お父さんに頼んでるんだけど、まだOKは出ていない。


 せめて、この前応募した懸賞に当たってれば良いんだけど……


 *


「え、当たった!?」


 家に帰って早々、ぼくは大いにおどろいた。

 懸賞が当たってたんだ。

 一名様にプレゼント! って、正直無理かなって思ってたのに。

 机の上を見ると、届いたVRマシンが入ったキレイな段ボールが一つ。

 ぼくはランドセルをベッドに放って、箱を開いた。

「これで、ぼくも……」

 中に入っていたのは、ヘッドフォンとゴーグルが組み合わさったような機械。

 これを頭から装着することで、ぼくは向こうの世界にいけるというわけだ。

 あ、じゃあショウにも教えなきゃ!

 ぼくはさっそくスマホでショウにこのことを伝えて、手早く宿題を片付ける。

 それからぼくは、ついにマシンを起動して……


『ネクストワールドにようこそ!』


 最初に、電子音声が耳に届く。

 それから、真っ暗な視界がふわっと開け、白くて何もない、広い空間がぼくの周りに広がる。

 手も、脚も、頭も、全部が動かせた。でも……


『初期設定を 開始します 入力方法を選択してください』


 キーボード入力は苦手だから、フリック操作でぼくは設定を埋めていく。

 綱木ユウト、11歳。

 身長や体重は機械が調べていて、間違いは無い。

 未成年だから、行ける場所や使えるコンテンツに制限があるらしい。

 それも別に問題ない。だって、本命はサイバクルスだしね。

「ユーザー名は……そのままでいっか」

 ユウト、にした。凝った名前も面白いけど、今はただ早くログインを済ませたかった。

 だからアバターの見た目も、いつものぼくとあんまり変わらない。

「あ、でもどうせなら……」

 髪の色だけ赤くして、少しはねさせてみる。

 服も色々あったから、好きなアニメの主人公に似た、青い服を選んだ。

 だって、せっかくサイバクルス使いになれるんだから、どうせならかっこよくなりたいって思うんだよね。


 あとは利用規約とか、細かい文章を読んで……読んでもよくわかんないけど……

 初期設定は、これで完了!


『アカウントを作成しました それでは いざ もう一つの世界へ!』


 視界が再び、真っ暗になる。

 それから少しずつ、音が聴こえて、目の前が明るくなってきた。

 大勢の人たちが歩く音、しゃべる声。音楽の音に、歓声。

 まず最初に見えたのは、天を突くような長い塔。

 それから、その周囲に浮かぶ、モニター付きの飛行船。

 手の平を見つめる。両の手は、現実にあるぼくの手とあまり変わらない。

 ほほに触れる。柔らかい。これもやっぱり、現実と同じ感覚。

 足元は芝生だった。振りむくと、大きな噴水。そばには、待ち合わせだろうか、人がたくさんいて、ぼくはその噴水に近付くと、ゆれ動く水面をのぞき込んだ。

 顔が、ある。ぼくの顔。服装は最初に選んだ通りの青いシャツで……髪も、赤い。

 水に触れてみる。水は流れの分だけぼくの指を刺激して、ほんのりと冷たい。

 それに手を入れた瞬間、またそれでゆらいだ水面が、ぼくの顔をゆがめるんだ。

 ……まるで。


「……本物」


 思わずつぶやいた。

 現実と違うところなんて、ぼくには一つも思いつかない。

「やっぱり思うよね?」

「えっ、あ、はい」

 突然話しかけられて、みれば茶髪の女の人が、ぼくの事を見て微笑んでいた。

「こっちの世界、初めてでしょ」

 地味な色の、でもどこかの民族衣装みたいな服を着たその人は、自信たっぷりといった風に言い放つ。

「はい、そうですけど……」

 なんで分かったんだろう?

「初めてログインした人はね、みんなこの噴水に触ってくの」

 毎日見てるからわかるんだ、とお姉さんは言う。

 みんな、水か、水面に映った自分かが気になって噴水に近付いて、そのリアルさにおどろくんだそうだ。

 きっとKIDOコーポレーションも、それを狙って噴水を置いたに違いないよ、とお姉さんは続ける。

「それでね、初めてなら、まずは塔に向かって進んでみるのが良いよ」

「そうなんですか。えっと、ありがとうございます」

「いいよ。実はこれ、趣味なんだ。『最初に会う村人』って感じで面白いでしょ?」

 初心者にアドバイスするキャラクター、を演じるのが楽しいのだと、お姉さんは語った。

 服もそれっぽいのを選んだのだと教えられて、たしかにファンタジーに出てくる衣装みたいでもあるな、とぼくは感心する。

 けど、どうせなら主人公とか、もっとかっこいい役回りをやったっていい気がするけど。不思議な人だなぁと思いながら、ぼくは礼して、言われた通り、塔に向けて歩く。


 噴水広場から塔までは、広い大通りだった。

 最初にログインした人が、必ず目にする。お姉さんに言わせれば、多分これも運営の狙いなんだろう。

 歩きながら、周囲を見回す。

 大通りにはたくさんの建物が並んでいた。

 喫茶店に、映画館。本屋さんみたいなところに、ゲームセンター。

 店先の看板には、やたらと『無料』の文字がかかげられている。

 そう。ネクストワールドでは色んなコンテンツが楽しめるんだけど、そのほとんどは無料らしいのだ。

 お金の無いぼくらにはありがたいことだなぁ、と思いつつ、少し顔を上げると、二階部分は全面モニターになってる建物が多い。

 そしてそれらのモニターからは、ずっと何かの広告が流れているのだ。

「……タダより高いものはない、だっけ」

 お父さんが、そんな言葉を言っているのを聞いたことがある。

 お金を取らないってことには、絶対に何か理由がある。そしてそれは、場合によってはお金より困る何かかもしれない、とか、そういう意味。

 でも、広告でもうけているなら、平気なのかな?

 気になりながら歩いていると、不意に視界のはしっこに、メッセージが浮き上がる。ショウから返信が来た、とある。

「……あ、こうやって出てくるんだ……」

 スマホのアプリをこっちのアカウントとつなげたから、こっちにも連絡がくるんだ。

 ぼくは納得しながら、指でそのメッセージをつつく。


『ついにか! 合流したいけど、ちょっと今日ムリ

 これオレのコードだから、登録しといて!』


「なんだ、ショウ来れないのか……」

 がっかりしつつも、一緒に書かれていたコードに触って、フレンド画面を開く。

 たいていの事は、触れば出来るみたいだ。

 ぼくはそのまま、ショウにフレンド申請を送る。これが受理されたら、ショウがこっちにいる時は分かるし、通話も出来るようになるみたい。

「そうだ、フレンドといえば……」

 アミのコードも前に聞かされたんだった。

 よくこっち来てるみたいだし、登録申請すれば会えそうだけど……

「……。でも今日は、一人で見てみよっかな」

 初めてのネクストワールドだ。一人でゆっくり楽しむのも悪くないかな、と思った。それに、アミと一緒だと……多分、ゆっくりは出来ないから……

「寄り道しながら進んでみようかな」

 ぼくはさっそく、本屋に足を踏み入れてみる。

 中には、紙の本の形になったマンガや小説のデータが所せましと並んでいた。

 棚に並んでるそれらを、ぼくは歩いてながめることも出来るし、検索することも出来るらしかった。

 今回は、歩いてみてみよう。

 ぼくはお店の中をゆっくり見て回って、気になったタイトルのまんがを手にして、読んでみる。

 昔のマンガだった。タイトルは聞いたことがないもので、絵柄やセリフの感覚が、ぼくの知ってるマンガとは少しちがう。

 一冊読み終わったところで、視界の端に表示が現れているのに気が付いた。

 本棚に入れる、とある。好きな本を登録できるみたいだった。

「じゃあ、これと……これも……」

 続けざまに、いくつかのタイトルを登録する。

 登録した本は、ネクストワールド内ならどこでも読めるみたい。

 ぼくはそこで一度お店を出て、次は映画館に向かう。

 中にはたくさんの機械が並んでいて、それで観たいものを選べるみたい。

 映画に限らず、ドラマやアニメに、お笑い……教育番組みたいなものもある。

 ぼくは前に見逃していたアニメの一話を選んで、奥に進む。

 シアターは利用者それぞれで分かれていて、一人なのに大画面、大音量で観ることが出来た。家のテレビやパソコンで観るのと、迫力は段違いだ。

「……あ、これも登録できるんだ」

 映像も同じように登録して、何処でも楽しめるみたい。

 画面は小さくなっちゃうけど、便利だ。


 その後も、ぼくは色んなお店を眺めながら塔に向かった。

 アバターに使える服やアクセサリーのお店。

 ゲームとか、おもちゃのお店。

 さすがにお腹はふくれないけど、食べ物を出しているお店まである。

 広場ではダンスみたいなパフォーマンスをしている人もいるし、ガラス張りの建物の中で、何かの撮影をしている人たちもいた。


「すごいなぁ。ホントに色んなことが出来るんだ……」


 本当にここは、もう一つの世界なのかもしれない。

 そんなことを思いながら歩いて、ぼくはようやく、塔へとたどり着く。


「ええと……わ、色々ある……」


 塔には、色んな施設が入ってるらしかった。

 喫茶店やスタジオ。会議室。それからシステム関係の窓口に……

「……あった。アルケミスト登録窓口……」

 アルケミスト。

 それは、ネクストワールド内でサイバクルスを連れ歩ける人たちのことだ。

 それがどういう意味なのかはよく知らないけど、とにかくそこに行けば、ぼくも自分のサイバクルスと出会える、らしい。


「あの! アルケミスト登録がしたいんですけど……!」


 ぼくは塔に入ると、さっそく窓口へ向かった。

「かしこまりました それでは 以下の注意事項をお読みください」

 受付の人は人間かと思ったけど、違った。

 自然に合成された電子音声で、受付の人は説明を続ける。


 サイバクルスとは、ネクストワールドにすむ謎の生き物のこと。

 彼らを捕え、戦うことが可能なのがアルケミスト。

 その戦いには危険を伴うこともあり、時としては、登録データに不具合が出ることもある。

 逆に、素晴らしいアルケミストには、ネクストワールド内での様々な特典が与えられる……とか。


「……つまり、ゲームするだけで色々お得ってこと?」

「獲得したボーナスポイントは ワールド内で活用可能です」


 ぼくの質問に、電子音声の受付はちょっとズレた答えをする。

 けど、そういうことなんだと思う。


「注意事項を承諾し アルケミスト登録を 行いますか?」


 ぼくがうなづくと、「了解しました」と受付は答えて、カウンターに一台の小さな機械を置く。


「それでは こちらのデバイスをお持ちの上 初級エリアへと アクセスしてください」


 スマホくらいの大きさをしたそのデバイスに触れると、地図が表示された。

 そして地図の一角には、ぴこんぴこんと反応するアイコン。

「これ、もしかして……」

 とん、とそのアイコンを叩くと……目の前が、急に光に包まれて……

「うわ、え、ちょっと……!?」

 おどろいている間に、景色が真っ白になり。


 気付けばぼくは、森のなかにいた。


「う、わ……」


 ほんのりと湿った空気のにおい。

 空の光が木々にかくれて、うす暗い。

 風で木の葉はざわめいて、どこからか、鳥の鳴き声がする。


 一歩踏み出すと、湿った落ち葉がふわっと靴底を押し返す。

 街の中とはまるで別物の、ちょっと不安になるくらいの、現実感。


「動画で見たことはあったけど……」


 改めて、ぼくはそのリアルさにおどろいた。

 ……っていうか、そっか。今ぼく初心者エリアにいるのか……


 アルケミスト登録をする初心者は、まずこのエリアに飛ばされる。

 そしてここで出会ったサイバクルスを、アイテムを使ってゲットするのだ。


「えっと、たしかこの中に……」


 デバイスを操作すると、中にアイテムが収納されているのが分かった。

 お肉に、網。煙幕。回復キットに、脱出ポッド。

 ……戦うための道具は何にもない。

 それから、ダウンロード機能。サイバクルスの警戒心が解けるか弱るかすると、この機能でデバイスの中に確保出来るみたい。


「で、奥に進むといるんだよね」


 初心者エリアだから、ここらへんにいるサイバクルスはみんな小さくて弱い。

「お、さっそく見つけた。……キノコクルスかぁ」

 小さな赤いカサを持った、キノコみたいなサイバクルスだ。

「あれはチュークルスと……モモンガクルスもいる!」

 よく見れば、木の上にはネズミやモモンガのクルスもいる。

 うん、前に動画で見た通りだ。

 ただ、ぼくの好みはもっとかっこいいサイバクルス。この辺りにいるのなら……スネーククルスとかを狙いたいなぁ。

「たしか、この辺りで一番強いクルスなんだよね……」

 もっと先に進めばいるかなぁ?

 辺りを見回しながら、どんどんと森の奥へ歩いていくと……

「んっ……光が……」

 急に日が差してきて、ぼくは一瞬まぶしさに目を細める。

 視界が、開けている。森なのに、木の姿が……


「……って、え……」


 すぐに、目がなれて。

 すぐに、目をうたがった。


 木々が、んだ。

 根本が砕けたようになって、何本もの木が倒れ、だから周囲に明るく光が差し込んでいる。

「一体、なにが……」

 こんな光景、ぼくは知らない。

 前にみた動画では、こんなことにはなってなかったはずだ。


「ニャ、グ……」


 そして、その木々の中に。

 一匹のネコが、横たわっていた。

 体はボロボロで、土にまみれてケガをしている。

「ちょっ……大丈夫……!?」

 ぼくは急いで倒れた木々を乗り越え、ネコの元へとかけよった。

 ネコっていうか、ネコのサイバクルス?

 毛はイナズマの模様で、手足がちょっと大きい。

「……ッ」

 ネコはぼくをじっとにらみつけると、小さく息をもらして、立ち上がる。

 ふらっ。だけど足元はおぼつかなくて、今にももう一度たおれそう。

「動くなって! えっと、たしか回復キットがあるから、それ使えば……」


!!」


「いや要らんってその傷で……要らん……?」

 今、だれがしゃべった?

 近くに他のプレイヤーはいない。


「人間の助けは必要ないニャゴ。

 ……ニャゴは自分だけで……問題ねぇニャゴ……ッ!!」


 一歩、二歩、ネコのサイバクルスがふらふらと歩む。

 気のせい、じゃない、よな。


「しゃべった……?」


 サイバクルスが?

 そんな設定、ぼくは聞いたことがないんだけど……


「それより人間。早くここから逃げた方が良いニャゴ」


 ネコのサイバクルスは、じっと前をにらみながらぼくに言う。

 つられて、ぼくもそっちを見てみると……


「……おかしくない?」


 本来なら、


「ヴァォォアアアアアアッッ!!」


 巨大なワニのモンスターが、雄叫びを上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る