5章.大学放逐編

224.疑惑の犯人

 会議でリディアを迎えたのは、教授と准教授の冷ややかな空気だった。


 彼らの前には、二つに折られたロッドがあった。ひと目見てわかった、リディアのものだ。マーレンに実習前にあげたもの 彼がなくしたと言っていたけれど、どうしてここにあるのだろう。


「あなたが教授に呪いをかけた現場に落ちていたのよ」


 久々に顔を見せたネメチ准教授は、エルガー教授を代弁して自信満々な顔。そして教授は怒りをこらえて無表情を装っている顔を作っている。


「私が、呪い?」


 エルガー教授に呪いをかけてやりたいが、かけた覚えはない。


 今回の会議で、ケイの休学やら映像撮影の問題を丸投げされたことに対する苦情と、バーナビーの薬の盗難疑惑をどう話そうと考えていたリディアは、自分が糾弾されていることに気が付き呆然とした。


「あなたが、旧校舎に穴をあけたでしょう!」

「あれは、私ではありません」


 そもそも、生徒が穴に落ちたと報告しても学内に戻ってこず、生徒や保護者に何も対応しなかったのは教授だ。領域責任者としてどうなのだろう。


 リディアがウィルやバーナビーの家に謝罪のためまず電話をしたら、ウィルの父親のダーリング教授からはむしろ気遣いの折返し電話をもらい、バーナビーの家族からはなぜか食事の招待を受けた。地下世界の彼らの一族の暮らしには興味があるけれど、彼の命の危機だったはずなのに、どうしてその話になったのだろう。


 いや、それよりも、今の会議の行方だ。

 なんでこんなことに?


「このロッドが現場に落ちていたと、学務に届け出があったのよ」

「確かに、これは私のロッドですけれど――」


 現場は、魔法師団の調査団預かりのはず。そう言いかけたけれど、准教授の声が覆いかぶさる。


「学部長に報告しましたからね!」


 取り付く島もない。そして、彼らに話しても無駄だ。もはや会議にもならなかった。

 そもそも、これは会議だったのだろうか。


***


「――そもそも、学務が私のロッドだと特定できたのが怪しいですよね」


 あの何もしない学務課が。忘れ物は、すべて学務の入口の箱の中に放置だ。持ち主を探そうとはしない。そこから盗難があっても気にしないだろう。


 同室で同僚のサイーダが、仕事をしながら相槌を打つ。


「――ん、何?」

「いえ。私の貸したロッドが折られて、現場に落ちていたみたいで」


 教授たちには、マーレンに貸したことは一切言わなかった。言っても無駄、余計こじれる。というか、教授たちはマーレンのことさえも覚えているかどうか。


「ああ。よくあるわよねー」


 よくあるの!?

 リディアは驚いて、サイーダを振り向く。彼女の向けられない背中。――聞いてない。


「……」


 MPを打つ音だけが響く。

 まあ、大抵の教員にとってはどうでもいいことだろう。


「私、実は転生したんですよね」

「ああ。よくあるわよね」


 よくあるの!? 

 彼女の向けられない背中。返答の意図はわからない。

 リディアが返事につまったところで、内線が鳴る。今度は学科長からだった。



「――院生室の魔法晶石の盗難? 私が犯人!?」


 学科長の研究室で、リディアは絶句した。今日は、なんていう日だろう。


「私、盗難があったことを今知りました」

「だからね。私もあなたを疑っているわけじゃないの。でも、院生からあなたが盗んだって訴えがあったの」


 また、だ。リディアは黙り込む。

 誰かからの届け出や訴え。


「誰か、って言うのは?」

「言えないわ。その生徒と約束したから」


 学科長は、あなたが犯人と決めているわけじゃない、と付け加える。ただ魔法晶石は管理責任が問われるから、内部調査が必要なのだ、と。


「魔法省に届けを出しますか?」


 まさか、と彼女は首を振る。穏やかそうな人だという印象だったけど、どうやらその印象プラスで事なかれ主義らしい。


「盗難と決まったわけじゃないわ。ただ、あなたには旧校舎の呪いの現場のこともあるし」

「呪いをかけたのは、私ではありませんし、あれは現在魔法師団が調査中ですよね」

「あれねえ……」


 歓迎していないという雰囲気丸出しだ。あなたのせいよ、と言わんばかり。


「――もう一つ、あるのよ」


 リディアに見せる表情に、親しみはない。


「問題となった蠍だけど。あれ、境界型魔法領域の魔獣らしいわ」

「え……」

「魔獣の世話は、助教のあなたに一任してあるってエルガー教授がおっしゃってるの」


 着任時の会話が甦る。たくさん命じられた仕事の中に確か『魔獣の世話』、というものがあったかもしれない。


(そんなのしたことない!)


 放置していた。魔獣ってどこにいるの!? どうなっているの?


「すみません。引継ぎがなくて……」


 まあそうでしょうね、とため息をつく学科長は予想していたかのよう。ようやく少しだけ同情の表情を見せる。


「エルガー先生もね、難しいのよ」


 授業をしていないのも、大学にほぼ来ていないのも知ってますよね、とリディアは言いたいが黙る。ソレを上司であるこの人が放置しているのも問題だ。


「だから、ね。あなたは何処どこでも働けるでしょう?」


 リディアは目を瞬く。

 ……どういう、意味?


「あの人はここにしかいられないから」

「それってどのような……意味ですか?」


 声が掠れる。


「騒ぎが収まるまで、自宅でおとなしくしていてくれないかしら?」

「それってどういう意味ですか」


 再度尋ねる。


「あなたと、エルガー教授は相性が悪いのよ」

「それって、辞めろってことですか!?」


 流石に仰天した。まさかと思ったけれど。


「それを決めるのはあなただけど。こうもいろいろ問題があるとね。それを取りなすのが大変なの。あなたはここだと、これからも大変だし、それなら元の職場に戻ることもできるでしょう? よく考えて、決めたらまた連絡をくれたほうがいいと思うの」



***


 まさかの退職勧告。

 

 リディアは呆然と中庭を歩いていた。

 意味がわからない。でも自宅待機を命じられたようだ。

 追い打ちをかけるように、教授からは、引き継ぎ資料の作成と年度末の試験問題と回答の作成しメッセージで提出するように言われた。


 よくわからない。なぜ、いなくなる教員に試験問題を作らせるのか。

 答えは簡単だ、できるだけ仕事をさせておきたいのだろう。


(自分から辞める気は、ないけど……)


 うまくいかない。


 ……自分はどうしてこうなんだろう。


 リディアは、中庭で空を仰いだ。

 空が青い、キーファの瞳の色だ、いや彼の青はもう少し鮮やかだ。


「――リディア!」


 声が響き、駆けてくるウィルにリディアは目を向ける。


 ああ、とぼんやり思う。このままじゃ、彼の指導も中途半端に放置してしまう。


「なんかあった?」


 リディアの顔を見て、真顔で尋ねてくるウィル。リディアは首を振った。


「何もないわよ」

「あったな」


 ウィルは聡いし、ごまかしきれるわけない。気づいてもらえるのはありがたいけれど、彼を巻き込むことじゃない。


「何か用事があったんじゃないの?」

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