108.And so……


「あなたは?」

「失礼。噂の魔法師団の団長ですよ。ディアン・マクウェルと申します」


 それはそれは、と手を伸ばすベッソーネ公爵にディアンは動かなかった。

 握手はしない、あくまでも笑みをたたえて見つめ返すだけ。


「わ、私は用を思い出しました、出直しますよ」


 椅子を蹴倒しながら、会話相手の初老の男は逃げ出す。グレイスランドの者ならば、魔法師団のことは色々聞いているだろう。賢明なことだ。


 人払いの手間が省けたが、ディアンがそれで済ますわけがない。

 突然逃げた男の前で出口の扉が閉まる。


 ぎょっとして振り返る彼の顔に、引きちぎれた緞帳が絡まる。


「わ、わ? なんだ、これは――たすけ」


 絨毯の上で転がる布の塊。もがいてもがいて、顔から引き剥がそうとするが、一層絡まるばかり。


「アンタは、確か、商船組合のギルド長だな?」


 ディアンが“巻き簾”にくるまれた男を真下に見下ろす。


「王の意向を伝える。入港税については、便宜を図ろう。さて――今日は他に何かの話を聞いたか」


 緞帳が口から外れる男――ギルド長は息も絶え絶えに、涎を垂らしながら喘いで首を振る。


「なにも。――なに、も」

「だろうな。お前は用件を済ませた、それだけだな」

「――た、たしかに――は、い。はい」

「もし余計な噂を一言でも漏らせば、お前は俺の顔を、もう一度見ることになる。わかるな」


 こくこくと頷くギルド長。


 気がつけば、緞帳はそばに落ちているだけ。それに気がついて、彼は両手を付いて地面を掻いて、開け放たれた扉に向けて一目散に逃げ出した。


「さて」


 ディアンの背後で扉が閉まる。振り向いた先には、椅子から転がり落ちワナワナと震える道化者。


「お前は、それで、どうしたのか。――話の続きをしてもらおうか」

「あ、いや、た、確かに」


 男はそう言って、唇を舐める。嘘を付く前の癖なのかもしれないとディアンは目を細めた。


「彼女は――本当は、処女だったのかもしれません。そう、私の勘違いだ。つい彼女の積極性からそう思ってしまっただけだ。だが残念ですよ! そう、私は彼女の処女を奪ってしまったかもしれないが、彼女が慎みにかける以上、我が国では妻にするには難しいの――」


 ディアンは、無言で男を床に転がして足を振り下ろした。

 男が絶叫して、先程の芋虫よりもひどい様子で転がる。足には肉が潰れた感触だけがある。


「あが……あがっ」


 男は色男を見る影もなく、ただ口から、目からそして下半身からも体液を流しあがいていた。

 ディアンはその男の首を掴んで、顔を覗き込む。


「――よく回る口だ」


 無表情だがその瞳の奥に、燃える業火が宿っている。

 その炎を見て苦痛にあえいでいた男は、今度は目を見開き恐怖に震える。


「だが、本当にお前がアイツにその汚い何かをぶち込んだのならば――」


 ディアンの瞳の中の炎が更に燃え盛り、男は口を大きくあけて酸素を求めるかのように、口をぱくぱくと開閉する。


「俺は、魔獣の巣にお前をぶちこんでやる。魔獣にはそういう趣味のやつもいる、それを俺は幾つか知っている。――お前ならば魔獣と交わり、その体験を楽しく語ることができるだろう」


 男は、口から泡を吹いて、首を前後左右に激しく振る。その首を掴んだままディアンは重ねる。


「だが、その前に――。すべてお前の妄想だと診断書を貰うんだな。そして、お前が頭の病気だと公表しろ」


 公爵は泣き出した、子供のように肩をしゃくりあげて、頷いているのか拒否しているのかわからないが、ディアンは続ける。


「――今、地獄の門を開いた。お前を待ち望んでいる」


 彼が指を鳴らすと、部屋のすべてが業火に包まれる。公爵は大声で気が狂ったかのように「やめてくれ、やめて、やめて」と喘ぎ叫ぶ。

 

 その声が枯れて悲鳴がなくなった頃、ディアンは口を開いた。


「お前の妄想だと、公表しろ。そして、一生口をつぐんで、領地から出るな。死んだように生きろ。――じゃないと、その舌を永遠に焼き続けてくれる悪魔が、お前を連れに来るだろう」

「ひっ、あ、あぁ」


 ディアンはその首を地面に放り投げた。男はヒイヒイと言ってディアンから顔を隠し、身を縮めた。



「もしまた愚かなことを吹聴したら――もう一つのお前の子種の袋も潰してやる」

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