106.あの事件のあと

 他の団員に告げて、砂漠用の訓練された騎獣を借りる。

 

 駱駝と馬の利点をかけ合わせた種で、アルパカに似ているが性格は穏やかで身軽。

 単身で短い距離を駆けるには向いている。

 リディアは鞍に乗り込み、手綱を取りながら思う。

 

 リディアは、あの魔法師団での最後の任務――失態の後、そこを辞めて故郷に帰った。


 そして、親に強制的に見合いを受けさせられたが、後日手ひどい非難と共に断りの返事が来たのだ。


 その原因は、自分が呪いにかかっていることを明かしたから。どんな相手でも知らせないのはフェアじゃないと思ったからだが、相手を仰天させるには十分だった。


 勿論、呪いのことは魔法師団が任務での失態を含めてまるっと抹消していたから、魔法省はおろか、親にも知らされていなかった、どこにも漏れていなかった。

 

 だがリディアは相手からの返事の理由を父親に問われ、激怒した彼に勘当された。

 容姿、年齢、全てにおいて条件が悪く、おまけに国では厭われる魔法師。


 見合いというのは体裁で、実際はかなりの持参金をつけて内々に婚約にまで父はこぎつけていたようだが、呪いというオマケは、相手には受け入れられなかったようだ。

 当然だが、破廉恥で厚かましく嘘つきな恥さらしの娘だと罵られた。


 それがすべての顛末だ。



 リディアの国――シルビスは、歴史だけが古い化石のような価値観がこびりついている小国だ。

 この中央・北部連合国連盟に入っているから、最近はだいぶ変わってきているが、それらの国に比べても、国中では女性の地位は低い。女性に教育はいらない、一番の幸せは良い結婚相手に恵まれること、そういう価値観がこびりついていて、特に上流階級にその意識は強い。

 

 リディアの父親は国の要職についていたから、余計にその考えが強いし、兄も王族の近衛兵としてエリートコースまっしぐら。だからリディアは、家の中では存在価値がなかった。

 それなのに傷物となって嫁入りも満足にできない娘。


 当然けしからん、となった父親の反応はまさに予想通り。幼少時から尊大でリディアを下僕扱いしていた兄からのゴミを見るような目つきも、予想通り。

 

 ――だから家族との顛末は、気にしていない。


 そして、相手からの非難も最もだ。


 ――なぜ呪いのことを告げたのかは、自分でもよくわからない。


 自分を娶る相手に知らせないのは、フェアじゃないという思いもあったからだが、相手が自身のことを誠実にさらけ出していたわけでもないし、リディアも自分のことを受け入れてくれるとは思ってもいなかった。


 そもそもシルビスでは婚姻は対等な関係ではないし、妻は夫に服従を誓うに等しい。


 見合いの席で饒舌に、リディアをまるで家畜のように貰うこと、そして絶対服従を何度も繰り返す奴隷のようなあまり面白くない未来を語る彼に、ヤケになっていたのかもしれない。

 

 私はこんな呪いがありますけどいいですか? そういう思いが飛来したのかもしれない。

 

 あの見合い相手の公爵(名前は忘れた)は、キョトンとした顔をして、それまでブランデーを片手にリディアに今後望む奉仕を語っていた口を閉ざした。


 リディアが発言したことに最初驚いたようだった。会話において女性が賛辞や同意以外の発言をするのは、異例なことだ。

 人形だと思っていたリディアが口をきいたことに驚いて、言葉がよくわからないと顔をゆがめて、『呪い?』と聞き返すから、同じことを繰り返すと、無表情となり無言で席を立った。

 

 予想通りの展開で、自宅に戻った途端に既に知らせを受けていた父親から呼び出され、罵倒を受け、破談となった。


 ただ、どこの時点からは不明だが、グレイスランド王国魔法師団からの圧力で、リディアの呪いのことは口外できなかったのだろう。

 けれど、一度決まった婚約を破棄するのは、正当な理由が必要。最も使いやすい理由としては、純潔違反。相手は、リディアが魔法師団で男漁りをしていた娘だと吹聴して断った。

 

 ――シルビスでは、”純潔の誓い”を女性は生涯守らなければいけない。

 

 法的規制はないが、シルビスでは未婚の娘が純潔でなかった場合、または婚姻関係にあっても、妻が夫以外の男性と関係を持った場合、どんな理由があるにしろ、その婚約、または結婚を男性側は解消できるのだ。

 例えば女性がレイプをされた場合であっても、純潔を守れなかったという理由で、婚約や婚姻を破棄される。あの国では、誰もおかしいと指摘しない。

 

 魔法師団で男漁りをしていたというリディアは、純潔違反どころか、国にもいられない恥さらしだ。

 両親や親族もリディアという娘がいては、さぞかし迷惑したことだろう。


 しかし父も兄も地位を失わず、誰も失脚しておらず、特に大きな問題になっていなかったから、うまく立ち回ったのだと思っていた。

 またはリディアを勘当したことで、娘がいなかったことにしたのだと思っていた。 


 リディア自身は、家を出て素性を隠し田舎で住み込みの家庭教師をして各地を点々とし、その後推薦を受けて大学院に進んだ。

 相当大変だったので、公爵がたてた噂なんて正直気にする暇もなかった。

 

 ただ――、その噂が、抹消されていたなんて。


(――父じゃない)


 父親は国の要職にある人だけど、リディアのためにそんなことをする人じゃないし、そのへんの情報を抑えることはできない。


 兄も違うだろう。

 もしそうだとしても、自分のだめだけ、いやむしろリディアの悪評を更に高めて、シルビスで魔女裁判を復活させて、王宮広場で公開処刑ぐらいの演出をしていたとしてもおかしくない。

 

 妹を弾劾する悲劇の貴公子ぐらいは難なく演じるだろう、そして狙っている自国の王女様ゲットだ。


 


 リディアは、騎獣を急がせる。

 

 もし、リディアのために、それをした人がいたとしたら――。

 

 魔法師団を逃げるように辞めて、故郷に隠れたリディアを、多分、すごく怒っていたであろう人。

 

 もう部下でも後輩でもない、なんでもない自分の、もう面倒を見なくてもいい相手の――違う国での醜聞を、彼は聞き処理していた。


 どうして?


 なぜ、そんなことをしたの?


 ……なんて、思った?


 恥ずかしさと情けなさ、申し訳ないという思い。迷惑をかけたくなくて逃げた先で、また面倒をかけている。


 でも…難なくそういうことをしてしまう彼に、複雑な思いがこみ上げる。


 どうしてまだ、手を差し伸べ続けてくれるのか。



 ――知らなかった。

 

 あちらも知らないフリをしてた。

 何も表情にも出さないし、言い出さなかった。


 なのに全部を知って、それを処理してくれて、また知らない顔をするのだ。




 持ち出せない、言えない、聞けない。

 

 でも、互いに知っている。



 だったら、もう。どんな顔をすればいいの?



「だったら。なんて、言えばいいの? ――先輩」

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