83.キーファの宣言
学生や同僚にも言えないが、この実習の目的である魔獣を倒すことを、リディアはそれほど重要視していない。
本当に望むこと、それは彼らに魔法師としてのステップに繋がるような、力のある魔法師と関わらせること。
そして団員にリディアの生徒を見てもらいたい。特異な能力がある生徒達が、同じように突き抜けている団員達から、何らかの教示が得られるといいと思う。
「先ほどの――フルスキャンとはどういうものですか?」
改めて彼らの未来を憂うリディアに、キーファが唐突に問いかける。
彼は車内でもリディアを気にかけた表情をしていた、ずっと疑問だったのだろう。
普通の生徒だったら流してしまうことも、彼はそのままにしない。疑問をそのままにしないのもそうだが、疑問を持つということ、気づくということが彼の優秀さだと思う。
「かなり負担が大きい行為に見えました。――先生にとって、という意味ではないですが」
リディアは意外な言葉に、慌てて首を振る。
(あれ? フルスキャンが何なのか、じゃないの?)
これは、まるでリディアのことを心配しているみたいだ。
彼はリディアの力不足を指摘していない。行為自体の負担度を聞いている。でもその尋ね方は、とても気を使ってくれているのがわかる。
(でも、やっぱり心配させているのよね)
……実習で生徒から教師が心配されてどうするのだ。
リディアは自分に突っ込む。
「初対面の団員が多かったから、すこし難しかったの。スキャンって、魔力派を同調しなきゃいけないから。昔は、出動前の習慣として任されていたのよ、久々すぎて少し見苦しい様子を見せちゃったわね」
キーファは更に納得していない様子を深める、なんでだろう。
彼は何かを言いかけて、けれど一度口を閉じる。それから、今度は口調を和らげて問いかけてくる。
「あの時先生はα波、β派、それからP値も言ってましたね。そもそも魔力派とは?」
よく聞いているな、とリディアは驚く。
問うようにじっと見つめてくるキーファに、リディアは説明をする。
「魔力派って――そうね。通常魔法師の能力を測るのは魔力でしょ? でも魔法師団は、魔力派でコンディションチェックをするの」
魔力派というのは、一般的には聞き慣れない言葉だ。
通常、魔法が使えるかどうかは、対象者の魔力値――魔力の量を測る。魔力は魔法を使う時に消費する素材ともいえる。子供の健診で魔力値を測るのは、魔法を使える“素材”を持っているか、という潜在能力を測ること。
一方で、魔力派の測定というのは、魔法を扱う脳や回路の傾向やコンディションを測ることだ。脳から放出される魔力派は、一度として同じ波形を描かないのだ。
「β派が活性化している魔法師は興奮性が高く、攻撃系の魔法効力が強い。α派が活性化していると、安定した精神状態での冷静沈着に放つ集中が必要とされる魔法効果が高いの。θ波は、潜在能力系の魔法を使う際に活発化するの。それらの状態が良いかを見たのよ」
キーファは淡々とした表情で聞いている。優秀な彼のことだから、全く知らないというわけではないだろう。
「ちなみに先ほど魔法師団の入口でスキャンし、登録されたのはδ波ね。δ波は、ほとんど変動がなく常に一定で、個人固有の生体認証になるものなの。例えば、声紋や指紋みたいなものね。MP(Magical plate)を開くときの魔力認証や、あなたがくれた私の部屋のキーもδ派の登録を利用したシステムよ」
心得たようにキーファは頷く。
「P値は、phycological conditionのこと、精神状態よ」
精神状態も全員の前でチェックされるなんて、嫌だろうけど。これもチーム戦においては重要なのだ。誰かがあまり良くない精神状態だったら作戦に支障が出るから。
「先生は、数値が見えるのですか?」
リディアは首を振る。
「まさか。色や波動が見えるだけ。その感じで、正常か異常か判断しているだけ」
「とても特殊な能力なのでしょう? 他の人達の態度からそう感じました」
リディアは苦笑しただけで、コメントしなかった。
少しでも役に立ちたくて、認められたくて身につけた技能だけど、戦闘能力が重視されるここでは、そんなに大したものじゃない。
キーファが深い思考に沈み込むように黙り込む。どうしたのだろう。
わからないけど、リディアは話題を戻す。
「――魔法剣、かなり巧みに扱えるようになったのね」
「まだまだですよ。それにウィルのほうが上達が早いです」
簡単に扱い方を指導してから、全く猶予はなかった。なのに二人はどこかのツテをたどり、格闘術を鍛錬してきたらしく、構えも突きも払えも流れるような動作になっている。
ウィルは器用だ。身体能力が高く、瞬発力があり初動が早い。さらに機転が利いて、キーファの突きを、剣でうまく滑らせてかわしたり、力をのがしたりする。
反対にキーファは重みのある突きを繰り出し、効果的に持ち手を狙い何度もウィルの手から剣を落とさせそうになっていた。
比べるとウィルのほうが上達は早いが、キーファも負けていない。そして、キーファは有効に魔法効果を発現させている。こんな数日でここまでくるのは、二人共相当練習したのだろう。
リディアは少し迷ってから、「右手を出して」とキーファに告げた。
訝しげに差し出してきた彼の手は当たり前だがリディアより大きい。少し躊躇をしたが、リディアはそれを内心隠して、自分より大きい彼の手をギュッと握る。
驚き身を引くキーファ。
その行動を予想していたからリディアは強く握り離さないで、そして一瞬魔力を送る。
「わっ――つっ」
リディアはくすっと笑って手を離す。
「ごめんなさい、不意打ちして」
驚かせたほうが、緊張がほぐれるかと思ったのだ。
今、彼の魔力中枢を刺激した。魔力が一瞬で放散される、そして補うために魔力が作られて、そのせいで体中に魔力が満ちたはず。
「今の――」
「魔力活性。緊張しているとね、魔力が滞って魔法が上手く働かないの」
「僕は魔法を使えませんが」
「魔法剣使えるでしょ? あなたは事象を起こす回路が滞っているだけ。あなたの魔力は高いから、自然界に漂う魔力も影響を受けて、魔法の効果も上がるのよ。表立っての攻撃はできなくても、立派に皆の補助をしているわ、居るだけですごいの」
掌をひらひら振る。キーファの眼差しは、今度は真っ直ぐだ。落ち着いていて、いい感じ。
「あのね。――私はビビリだったから、新人の時にこうやって出撃前は団長が構ってくれてね。まあその時は――いつも頭だったけど。チビだったから丁度いい高さだったのでしょうね」
頭頂部をいつもポンって叩かれたと、おどけた仕草で示す。
同じようにしてもよかったが、頭を叩くなんて男の子にやったらプライドを傷つけるだろうから。
けれど、少し眉を顰めて、浮かない顔をするキーファに内心首を傾げる。ここは笑うところだけど、失敗した?
「それは――ディアン・マクウェル団長でしょうか?」
リディアは驚いて、苦笑した。
「違うわ。私はシールド所属だもの。
まさに戦車みたいな体型の人だ。広くて固くて厚い肩幅から腰まで四角い。肉弾戦では、彼の片膝を地面につけるどころか、腰を揺るがせた人もいない。
親父と呼ばれているけれど、まだ四十代前半だ。ただその屈強な自制心と寡黙さ、皆の心の拠り所になるほどの信頼感から、そう呼ばれている。
(ずっとご無沙汰しているけれど――)
まだ会いにいけない。
リディアが意識不明の時も、故郷に返った時も、何回か会いに来てくれたと聞いていたのに。
キーファはなんと言えばいいのか、という顔をしている。確かに、知らない人の話をされてもね。
「緊張は解けたみたいね」
リディアは、目を細めた。いつも励まされてばかりだった自分が、今度は人を励ます立場なのだと変な気がする。
「あなたならできる。だから、行ってらっしゃい」
キーファは僅かに黙った後、不意に熱い眼差しを向ける。
「――先生からお借りした魔法剣、どちらが使うかをウィルと相談しました」
リディアは軽く目を見張る。キーファの初めての魔法を発現することが出来た魔法具だ。それを譲ってもいいのか。
「より戦力になるならそのほうがいいです」
キーファはそういう人だ。自分だけ習得して有利になりたがるわけではない。
チームの戦力アップを図るのは勿論、ウィルの力になるだろう、そう思ってのこと。
「決着はこれからです。実習でどちらがふさわしいか、それで決めることにしました」
「私はどちらが使ってもいいけれど、ふさわしいって……?」
キーファは、わずかに笑みを浮かべて、けれど熱い熱を含んでいる強気の瞳でリディアを見つめた。
「これまでの先生の行為、宣言も含めて――改めて決意しました」
「決意?」
リディアは熱い眼差しにとらわれる。
自分の何が彼を刺激したのか。頼りなさだろうか?
不安を呼び起こされる。
「あなたに、責任を取らせる、そんなことは二度とさせない。そして苦しい思いも、辛い思いもさせたくない。俺が、あなたを守れるようになります」
「コリンズ……」
「今はまだ実力が見合わないので、言わないつもりでしたが、あそこまで言われたら俺も言います。あなたを傷つけるものから守ります。返事はいりません、俺の決意なので」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます