20.予言?
中央の演台設定をいじり、直径九メートルの魔法陣とする。実際の部屋の大きさは変わらないのだが、異次元と繋げることによって可能としている。
リディアは、脱いだ白衣を軽く畳んで端の机の上に置く。
白衣の下は、上下紺のスーツにハイヒールだった。
演習だし掃除もあったから、ジーパンとスニーカーにしてくる予定だったのに、先日すっぽかした教授会での挨拶が今日になってしまって、こんな服装を選ぶ羽目になった。
対峙する王子は、腰にはじゃらじゃらと鎖をつけているし、黒い革ジャンだし、尖ったエルフ的な耳にはでっかい輪っかがついてるし、とても王子様には見えない。
ただ、むき出しの上腕に巻いた三重の金環が王族の証。
「センセ、その格好で?」
チャスが聞いてくるが、特に返事はしないで前を見据える。
ヒールを数回踏み鳴らして、靴が脱げないのを確認。ヒールを痛めるほうが心配だけど、裸足になってストッキングが汚れるのも、穴があくのも嫌だ。
「ルールは公式魔法戦に準じますが、今回は『降参』と言うか、または上半身が地面に触れた時点で負けとなります」
人の話を聞いてない王子に、従者のヤンが何事か訴えている。
中々大変そうだが、そろそろ王子さまを押さえてくれなきゃ従者の意味がない。
(とはいえ絶対の上下関係は難しいよね)
リディアも我が身を振り返ると同情してしまう。
「私が勝ったら、クーチャンスとハーイェクの二名は魔力測定を受けること、授業に理由なく休まないこと、以上。――始めます」
「は? じゃあ俺の条件は――」
顔を上げて何かを言いかけるマーレン王子は、リディアが蹴るように駆けてくるのを見て僅かに鼻に苛立たしげに皺を寄せ、いきなり腕を閃かせる。
魔法発動の波形を感じる。
(気持ちの切り替えも、反応もいい)
先程と同じ魔法だ。先程、リディアの皮膚を切り裂いた彼の魔法は、風魔法。攻撃は視認できないが、そこにわずかに混じる金属臭。
(先に自分の手の内を見せたのが、間違いね)
先程、彼はリディアに攻撃をした。それで彼の魔法攻撃がわかってしまった。
それに、金属系統の魔法は独特な匂いがある。
リディアは彼の放つ魔法に、自分の魔法を重ねる。――組成変化。
途端に、床に幾つかの泥玉が落ちる、リディアは自分の胸に当たりそうになった泥玉をすばやく風魔法で乾燥させ、払い落とす。
(マーレンは金属片を、風魔法で飛ばしていた――けれど、その金属を変化させてしまえば攻撃は無効になる)
そのまま驚く彼の懐に飛び込んで、ヒールを基点にターンをかけながら上半身に回し蹴り。
ぐらついたマーレンの上体を視認しながら、すかさず腰を落として、足払い。
倒れた彼の頸部に腕を回して、上肢を抑え込む。
派手な音を立てて倒れ込んだ王子の顔に、口角を上げてにっこり笑いかける。
彼の顔が怒りで上気して、赤くなる。すかさず拘束を外して、ギリギリで彼の蹴りの射程範囲から飛び退る。
「センセー、すっげえ! パンツ見えた、紺!」
「――煩いチャス。紺は持ってないっ!」
そっちを見ないで言い返したら「えー。じゃあ黒」とか後ろで、ザワザワしているが、それには答えない。
ん?
(――今日の下着、黒、だったかもしれない――)
ちらりとよぎる。
やばい、本当に見えたのかもしれない、チャスのハッタリではなく。
そして不自然に黙ったリディアに、こういう時だけ生徒は目敏く気づくようだ。
「当たり、当たり? 黒っ? センセ、黒パンツ?」
「煩いチャス!」
「やりぃ! ウィル、俺に二千って……アイツいねえ!」
賭け!
しかも、二千エンて中途半端!
これってセクハラだよね?
「チャス? 次はあなたを沈めるわよ」
「なあ、バーナビー、俺が当たりって証言しろよ、ほら起きろよ!!」
しかも、隣で寝ているバーナビーをがくがく揺さぶって起こすとか。
しかし後ろに構っている場合ではない。リディアは、前を向いたまま距離を取り、一応反撃に備える。
けれど王子はムスッとした顔で服を払い、攻撃してくる様子はない。
「私が勝ち、でいいかな? ハーイェク?」
「アンタ、魔法使ってねえじゃん」
「公式戦でも、魔法だけを使えってルールはないわよ。実践では何でもありだし」
ふてくされて黙り込むのは、軽度な反抗期の兆候。
結構、扱いは易しそうだ。
「てか、――アンタ、何してんの?」
「え、ヒールがね、無事かなって。高かったの、このpe○fumeモデル」
入荷、半年待ちだったし。
ハイヒールで踊る某女性ユニットが開発に携わったハイヒールは、さすがの性能。ダンスも、回し蹴りも可能です。でも、踵は強くないから、すぐにすり減る。
リディアは、靴を脱いでヒールを確認する。左足の方が、もう少しで交換が必要になりそうだ。左足に体重をかけて、右足で蹴りを入れたからだろうか?
何か言いたげな目を気にせず、ハイヒールを履き直す。
「なんだよ、買ってやりゃあいいのか?」
「え、何?」
女生徒じゃないから、ハイヒールの悩みを同意してもらえないことが残念って、――なにか言った?
「ハーイェクは、風に金属片を混ぜて飛ばしたけれど、金属は、組成変化の反撃を受けやすいから注意が必要。それに私の能力値を先程示したけど、私は金属系魔法が一番早く発現するの。だから後手に回っても、金属系魔法ならば、相手より早く効果を起こすことができる。最初から授業に参加していれば、見抜けたのにね、残念でした」
上手くまとめた、そう思った。
ふと自分の白ブラウスの胸元に点々とついた泥染みに気がついて凹む。
今すぐ洗いに行きたい衝動を堪える。帰りたい、洗濯したい。白衣を脱がなきゃよかった。
泥に変性しなければよかった。
「う、う、う、訴えます! 教師が生徒に暴力を奮ったと訴えます!」
突然、従者のヤン・クーチャンスが憤慨の表情で詰め寄る。まあこれも想定内。
「模擬戦の範囲内と思われますが。ルールも遵守しています」
「殿下を地面に打ち倒したことを、我が国への侮辱とみなします」
(――事前に書面で同意を取っておくべきだったか――)
「待ってください。俺は、有意義な授業だと思いました。マーレン、君も学んだだろう?」
キーファが実に優等生らしく、発言してくれる。そういえば、キーファとマーレンは内部生から上がってきている。仲は悪くないのだろう。
黙りこむマーレンも、キーファの言葉を聞いているように見える。
キーファには一目置いているのかもしれない。
「殿下。僕は大使館を通じて抗議しますよ! 陛下にも報告します」
いきなりバッと顔を上げたマーレンは、苛立たしげに周囲を睨みつける。
「測定を――受ければいいんだろう!」
そして、王子は従者のヤンに指を突きつける。
「お前は別に受けなくてもいい。でもこの話はこれで終わりだ」
「そんな、殿下!」
「勝負は勝負だ。訴えたら俺の負け惜しみと見なされる。恥の上塗りだ」
(結構、素直じゃない?)
ちょっと感心してしまう。これで打ち止めということで、リディアはマーレン王子を促す。
「ではハーイェク。これは、あくまでもこれは演習だったということにして。魔力測定に移りましょうか」
別に、測定って大層なことではなかったんだけどね。受けたからと言っても何か変わるわけではないし。そう思いながら、王子に装置の説明をする。
授業終わりの振鈴が響く。
キーファは気づかわしげな眼差しのまま、好奇心満々で観戦していたケイは残念そうに、それぞれが演習室を出ていく。
誰もマーレンのために残りたいとは言わなかった。お昼休みだからという理由が大きそうだ。
ただ従者のヤンが残りたそうにしていたが、王子は不満げな顔の彼を追い払っていた。
バーナビーがようやく目を覚まして、最後に出ていく。彼が出ていき、リディアが開いたままの扉を閉めようとしたところで、バーナビーは振り返る。
「先生は紺を買うよ」
「え?」
「似合うと思う、紺色も」
ラテン系の色気を滲ませる眼差しで、穏やかに微笑みながら言われていますが、ねえ、それっ……!?
「火元に気をつけて」
え、火? 何? 今朝は、家の台所で火使っていないし、昨日の夜は覚えていない。
これって、予言?
行ってしまったバーナビーには、何も聞けないし言えなかった。
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