むかでホイップクリームサンド

韮崎旭

むかでホイップクリームサンド

 駅についたのはもう駅舎も傾きかけたころ、午後3時をとうに回り辺りは斜陽にどぎつく照らされていた。恐怖心を取りもどしにきたわけなのだが、自身の足取りはどうも地崩れを起こした斜面のように不当に滑らかで、多分人間ではなく蛾だった。

 明るい光があると見れば確実に凝視したし、多分四肢を分断して放置してそのままだった。というのは明らかに処分法に困っていたからで、ごみとして出すにしても感染性一般廃棄物、ただのごみ、など候補が上がり、しかも週に3回は手袋の所在を忘れていた。

 彼は市に務める下級官吏で、給料が安かった。妻は商家の3女であった。概ね妻の家族からの経済的支援で彼らの家庭環境は成立していたが、彼の妻は致命的なほど愚かだったので、ほとんど無自覚に自殺してしまった。どうしてそのようなことが可能なのか、ほとんど強迫的に心配性な彼にはさっぱりだったが、家に帰ると台所でみじん切りになった妻がボウルや鍋の中に盛り込まれており、始めそれが妻だとはわからなかったものの、よく見ると指紋が妻だったそうだ。そうだ、というのは、この指の断片には見覚えがある、ということをどうも彼が感じていたらしい、という話が警察官に対してなされ、結局状況から判断してそれは妻の事故死とされた。ミキサー取り扱い時の不注意によるらしく、ただ死体を片付ける注意力には在庫があったようで、妻は自分の死体をご丁寧にも何の根拠もない方法で分別しておいてくれた。もちろんすべてを燃えるごみの袋に押し込んでその週の回収日に収集場所に置いた。

 つまりは自分の目が蛾なのではないかという疑心は、「自分が生きるに値しないのでできる限り不適切かつ粗略に扱わなくてはならない」という考えの変奏に過ぎない。

 私は自殺するべきであり、自らを始末するべきであり、自身の生命を終わらせるべきで、死を選ぶべきである、といったたぐいの変奏であり、パラフレーズであり、逸脱しないような性格の偽装がごく自然になされてみる。

 自殺しない程度にマシな生存を目標として当座しのぐにはあまりにも自殺は適切かつ明晰であり、夜間の目を焼くような光源がその啓示であったように今では思う。

 問題は官吏の階級ではなく、彼の詩人としての生でもない。

 死んでいたことがない故に起こるためらいと生存の過大な不適切なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

むかでホイップクリームサンド 韮崎旭 @nakaimaizumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ