油断する

「ずいぶんと、辛辣に煽ったものだな」

 講演後、私は再びレイアール伯爵と会っていた。

「しかも、日本の問題を地球の問題にすり替えてしまった」


「さて、何のことでしょう?」

 私の答えに、伯爵は小さく笑う。

「お前は、本当に我々に似ているよ。ルースランよりも吸血鬼ヴァンパイアらしく感じるな。出自を偽っているのではないか?」

「お戯れを。私よりもルースの方が、ずっとインケインシディ……いや、思慮深いと思いますよ」


 吸血鬼ヴァンパイアは、長命だ。伝承のように不老不死ではないようだが、この世界の人間よりも、遙かに長く生きる。そのためなのだろうか、色々と先を見越して策を弄することや権謀術数を巡らせることを好む傾向がある。

 レイアール伯爵は、例外的に豪放磊落で細かいことを気にしない。悪く言えば、小手先の謀などパワーで押し切ってしまうタイプだ。それだけに、彼の前では正直にいたいと思うのだが、なにぶん生来の性分とそれなりに積んだ外交官としての経験が、本心を隠させてしまう。


ルースランアレのことは置くとして、本音を話して見よ。助けてやらぬこともないぞ」

 やれやれお見通しか。

「では、アメリカ政府に申し入れてください。ドラゴン討伐への協力を」

「うむ。こちらとしても、それは面白いと思うが、なぜだ?」


 私は右手を顔の前に掲げ、指を一本立てて見せた。

「第一に、恥ずかしながら日本わがくには外圧に弱いのです。伯爵からアメリカに申し出れば、アメリカも十中八九乗り出します」

 もう一本、指を伸ばす。

「第二に、爆薬や火薬が役に立たないホール1世界で、吸血鬼ヴァンパイア狼男ライカンスロープなどは戦力として大きいと考えます」

 もう一本。

「そして第三に、アメリカだけが戦力を送った場合、日本の権利が蹂躙される可能性があります」

「アメリカの首に鈴を付ける役目を、我らにせよと?」

「そこまでは考えていません。まぁ、監視というか抑止力みたいなものですね」

「まったく、人を道具のように扱いおって。お前、本当に吸血鬼ヴァンパイアなのではないか?」


□□□


バーナード局長ジョンも呆れていましたよ、DIMOの講演をあんな風に利用するなんて、って」

「でもカズが言ったことは、正論だよな」

「それだけにやっかい、ということだよ」

 クリスとルース、ゲランというDIMOエージェント三人組に、私を加えた四人は、DIMO本部のロビーを抜け、ビルの前にある広場を横切って歩いていた。

「特にアメリカは、あれだけ煽られたらメンツのためにも軍の派遣を検討しなければならなくなったはずだ」

「メンツ、ねぇ」

 ルースの言葉にゲランが渋い顔をする。狼男ライカンスロープは、吸血鬼ヴァンパイアと異なり、表裏を考えることは苦手で、ストレートな表現を好む。

「アメリカなんか無視して、DIMOから日本に俺たちを送り込むって言えばいいんじゃないのか? 要するにそういうことだろ?」

「それは違うぞ、ゲラン。私は、できれば日本政府に動いて欲しいんだ。なるだけアメリカや海外からの干渉を避けたいと思っている」

「だからよぅ、カズ。俺たちが直接乗り込む、って言ってんの。立場なんかどうでも良いだろ。友達を助けるためには、さ」

「私みたいな人間に友情を感じてくれるのはありがたいが、世の中そんな簡単には進められないんだよ」

「ったく、めんどくせぇなぁ」

 まったくだ。ゲランのようにシンプルに物事を進められたらいいのにな。

「ゲランは単純すぎます。カズは、いろいろと考えて考え抜いて行動しているんですよ」

「クレア、それは買いかぶりすぎだよ」

「いえ、カズはすごいです。今回の“ワルダクミ”も上手くいきますよ、きっと」

「クレア……それ、褒めていない。悪魔的企みデモニック プランという意味の言葉だよ」

 ルースの指摘に驚くクレア。

「えっ! えっ! ごめんなさい、カズ! そんな意味で言ったんじゃないの!」

「分かっているよ、クレア。気にしていないよ」


 丁度その時、ポケットの中でスマートフォンが震えた。取り出して表示を見ると、在豪日本大使館からだった。応答してみると、大使だった。耳が早いな。

 「分かりました」と応えて、スマホを仕舞う。


「どうかしましたか?」

 心配そうにこちらを見つめるクレア。言葉のチョイスをしくじったことを、まだ悔やんでいるのか?

「いや、日本大使からの呼び出しだよ。キャンベラまで行かないと」

「空港まで送るぜ」

「いや、その前にブリスベンここの総領事館に顔を出すから、タクシーで行くことにするよ。タクシースタンドも近くにあるし、最近はアプリで呼べるしね」

 ゲランの運転だと、総領事館に突っ込みかねない、なんてことは言わないでおく。


「そうか、気をつけて行け」

「明後日には、またDIMOで打ち合わせだ。また会えるよ」

 ルースが差し出した手を握り返しながら、吸血鬼ヴァンパイアにも握手の習慣があったのだろうか? とふと疑問に思った。


□□□


 目覚めたとき、自分がどこにいるのか分からなかった。

 なにしろ、目隠しをされて両手は後ろ手に縛られ、足首も何かに固定されている状態だった。どうやら、椅子に座らされているらしい。

 微かに漂う、黴の臭いと潮の香り。広い空間らしいことは分かる。倉庫か、使われていない工場か。


 なぜ、こんな状況になったのか、記憶を辿ってみる。

 確か、DIMO本部の前で三人と別れ、タクシーを呼んだはず。タクシーはすぐ来た。今考えれば、。ドアを開け、助手席に乗り込んで、行き先を伝えようとした瞬間、何か……ガスを顔面に吹き付けられて気を失ったんだ。魔石の結界も、ガスは防げない。

 そうだ、魔石は……くそ、スーツの胸ポケットに入れていた分だけじゃなく、靴の中に隠していた魔石もない。その位は、重さと感触で分かる。


 相手は、異界のこともしっかり調査しているようだ。

 魔石の結界に関しては、日本政府が西側各国の要人に(格安で!)提供していることもあって、認知度は高い。やはり、対抗策も考えられているようだ。私を捕らえたのは、それなりに情報を入手可能で、ブリスベンにこうした場所を用意できる人物ということか……さっぱり分からない。

 異界でもいろいろな経験をしてきたが、さすがに誘拐されたのは初めてだ。そもそも、私を誘拐して何のメリットがあるのか。身代金? それはないな。もっと簡単なターゲットがいるだろう。だとすれば、情報か。だとすれば、やっかいだな。隠している情報などないのだが、相手が納得しないだろうし。


 いずれにせよ、この状態では何もできない。文字通り、手も足も出ない状況なので、相手の出方を見るしかないだろう。


 やがて、金属の軋む音がした。ドアが開けられたのだろう、潮の香りが強くなった。足音が近づいてくる。私の前で、一人が立ち止まり、二人が後ろに回った。

 目隠しが、外された。私はゆっくりと目を開く。そこには、スーツ姿の小柄な東洋人――恐らく中国人だろう――が経っていた。彼は、流ちょうな英語で声を掛けてきた。

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