第12話 旅立ち

「この川を渡るには銭がいる」

 ヒゲのない猫が言う。そう言えば昔、息子が猫のヒゲを切ってしまったことがあった。

 銭と言われても何もない。私の戸棚は鍵がかかっていて開かない。枕の下を見て、と猫は言う。そこにはお守りがあるはず、と思い確かめると、小さな錆びた金の鍵。まるでお婆ちゃんちの納屋を開ける鍵みたい。

 戸棚を開けると花畑で、その真ん中に鰹節。

「それでいいよ。ちょうだい」

 猫の求めに応じると、嬉しそうに食べ始めた。

「君はもう渡れるよ。良い旅を」

「あなたは?」

「僕はあと六回生きてから行く。ちょうど今日、会えて良かった」

 そうか、この子は。

「ありがとう、さようなら」

 振り返らずに、私は渡る。一歩毎に体が軽くなった。



Twitter300字ss企画 第56回 お題「旅」

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