第六話 「子供の奴隷は好きじゃねぇが、まぁ世の中そんなもんだよなぁ…」
ディアーレン冒険者ギルドのアベルと言えば、凄腕という噂の他にもう一つ。
金にがめつい、というモノがある。
実際といえば、教え子に食事を奢ったり、裏仕事で関わった人物の関係者に施しをしたり、リーシュアリアの食費が嵩んだりと、支出の方が多い所為なのだ。
本人に言わせてみれば、金があっても問題は解決しないが、あったら楽と贅沢が出来る、という案配だ。
という訳で――――。
「――――ほうらイレイン! おかわりだぁっ!」
「任されました! 『それっ!』」
もはや魔法名すら省略し、一口菓子を食べる感覚でで、一般魔法使いでいう大魔法に匹敵する魔法を連発。
残り一発分という時分には、黒角兎と三尾犬の死体の山がこんもりと出来ていた。
(イレインは掘り出し物だな、本当に。経験さえ積めば、最高位の位に駆け上がるのは間違いない)
彼女は片手間に、血抜きまで済ませているのだ。
これを天稟と言わず、何と言えようか。
「いやぁ。狩った狩った、あと一刻程したら日も暮れ始めるし、この位にしておこうか」
「もう、持ちきれませんもんね教官! えへへ、今晩は何を食べようかなぁ?」
「大通りで買い物出来る時間に帰れたら、リーシュアリアの手料理をご馳走してやろう」
早くも涎を垂らし始めるイレインを前に、休憩を命じアベルは帰る準備を始めた。
魔法を使うというのは、肉体疲労以上に、精神が多大に披露する。
イレインは今、ケロっとしているが、それは初めての実戦で高揚し麻痺しているだけ。
アベルはそれを横目に、その辺の木々から枝を切り、持っていた縄で背負子――――木こりが薪を背負うアレを作り上げる。
「こういうのも覚えておけよ、獲物を持って帰るのに役立つ。ああ、買って準備しておくのもいいぞ。最近のは軽くて丈夫で、折り畳めるのがあるって聞くしな」
「はい、覚えておきます。…………というか、よく片手でそんなの作れますね。教官は凄いなぁ」
「慣れだなれ、それと工夫だな」
アベルが作り方を知っているのは、かつての仲間に教えて貰ったからだ。
現地調達なので、時に材料が手に入らない不安があるものの、持って行くのは嵩張るし、戦闘の邪魔になるしで、覚えておくと便利な知識な一つである。
もっともその頃とは違い、片腕が無いので手間取る――――のが普通の人だが。
そこはアベル、金銭にモノを言わせ、蜘蛛型魔獣の高い糸に、自動で動く魔術を刻んでいるのだ。
(このお陰で、昔より速度と効率が良くなったんだよな)
怪我の功名というものである。
現役時代より全体的な技量が上がっているのが、今のアベルという男。
ともあれ、幾ばくかの時間で用意を済ませたアベルは、イレインと共に休憩した後、街に向かって戻り始めた。
□
それを始めに発見したのはイレインだった。
「教官! あっち、あれっ! 何か凄いことになってますっ!」
「うぉーい。どれどれ…………何処だ?」
一応アベルの耳にはそれが届いていたが、距離は遠いし無視するつもりだった。
だがイレインが口に出してしまったのなら、しょうがない。
首をぐるりと回し…………見えない。
荷物が邪魔である。
(こういう時のイロハも教えておくか…………)
アベルは体を回し、斜め後ろ右、その遠方に目を凝らす。
「結構遠いな、よく気付いた。褒めてやろう」
「えっへん! 自動で探知する魔術も入れてありますので。…………まだ、大きな魔獣か、群単位でしか発見できないのですが」
「今はそれだけ出来りゃあ上出来ってもんよ、どれ、一つ授業といこうか」
もう既に小壁が目視出来る距離まで来ている、多少の寄り道もアリだろう。
「あれは…………三尾犬の群だな。さっきも倒したが、アレの対処法は知っているな?」
「はい、群れている時は手を出さない事です! 今のわたしなら平気ですよね教官!」
「理論上は単独でも可能だが、相手がその群だけとは限らん、一人の時は可能な限り避けるように」
「命あっての物種ですね!」
「うむ、仮に今の状態で戦うとどうなるか解るか?」
アベルとイレインは、群の進行方向を予測しながら側面に着く様に進む。
予想が当たっていれば、アベル達に気付く事は無い筈だ。
「教官は、荷物さえおけば一人で殲滅出来そうですね。でもわたしは…………」
「そうだ、俺一人なら戦闘も逃走も可能だ。だがお前は後一撃しか出来ない。ならば、判断は解るな?」
土埃が次第に大きく見え始める中、イレインは神妙に頷いた。
「発見しても、遠かったり、脅威でないのならば、
無視する、という事ですね」
「よろしい。それが理解できているならば、お前は生き残れる。冒険者は慎重なくらいで良いんだ、この先、見知らぬ奴とパーティと組む事もあるだろう。その時の行動指針にしておけ」
「わかりました。…………では教官、何故今わたし達は近づいているんですか?」
首を傾げるイレインの肩をポンポンと叩くと、アベルは近くの丘の上に連れて行く。
彼女は気付いていない様だが、今、三尾犬の群は戦闘状態にあるのだ。
「ここからなら良く見えるだろう。これがお前に見せたいモノだ」
「ふええええっ!? き、教官!? あの人達囲まれちゃってますよ!? 助けなくてもいいんですか!?」
慌てふためくイレインに、アベルは真剣な顔をする。
冒険者には、幾つかの暗黙の了解があるのだ。
「覚えておけイレイン。ギルドの教育方針は厳しめでな、教えていない事がある」
アベルは先ず、小壁を指さす。
「壁の近くで戦うな。――――意味は解るな?」
「はい、農家さん達に迷惑ですもんね」
「門の衛兵もだな」
次に、襲われているパーティを指さす。
「獲物の横取り行為は禁止だ。そいつらが、喋れないぐらい命の危機なら問答無用で割って入っていいが、どんなに苦戦していても、基本は遠くから眺めるぐらいにしておけ」
「でも…………」
不満気な顔をするイレインに、アベルは安心しろと笑う。
「心配なら、今の様に何時でも助けられる準備をすればいい。何なら、手助けはいるかと、声をかけてもいいんだ」
もう一つ、助けに入る際に大事なことがある。
「助けに入った場合は、相手から報酬を求めない事」
「…………揉め事を起こさない為ですか?」
「結構多いんだよ、その手の問題が」
ため息を一つ落としながら、でも、とアベルは続けた。
「まぁ。今回の場合は平気だろ。――――ほれ、よく観察しておけ」
イレインは素直に頷くと、三尾犬に囲まれる集団。
一人の男と、同い年くらいの子供達の冒険者パーティの観察を始め――――。
「――――っ!? ミリー! なんでそんな所にいるの!?」
「どうしたイレイン、知り合いか?」
「はい、村の幼馴染みで…………」
彼女が指す杖の先には、黒髪のメイド姿の少女が。
そしてそのメイド少女の首には、リーシュアリアと同じ物。
即ち、――――奴隷の首輪。
(奴隷とは言え、ガキを盾に使う冒険者か…………気にくわねぇな)
イレインの様に、志願し、自分の意志で戦うならいい。
だが、強制的に戦わせているならば。
(法的には禁止されていないし、賞賛こそしないが、ギルドも問題視しないだろう)
闇討ちする程には不快ではないが、積極的に関わりたい人種では無い事は確かだ。
「さぁて、どう出るかな…………」
隣に居るイレインは将来有望な冒険者だ、対処を間違えば故郷に戻ってしまう事も考え得る。
(よし、最悪で――――殺そう)
戦闘が終わるまでに、若き冒険者を合法的に殺す算段をしたアベルは。
頃合いを見計らって、イレインと共にその集団に近づいて行った。
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