第五話 「出来れば働かずに生きていたい、でもまぁ無理だろ? だからせめて楽させろって」



 駆け出し冒険者の狩り場とは、街の付近である。


 ディアーレンもまた例に漏れず、街を覆う大壁の外。


 その周囲にある農耕地を囲う小壁、その周囲という事になる。


 長閑な草原が広がるそこに今、アベルとイレインは来ていた。


「冒険者になって初めて街の外に出ましたけど、通行料っていらないんですねぇ…………」


「別に払ってない訳じゃないぞ、その辺はこっちの報酬から天引きされんのさ」


 緊張と興奮を隠しきれずに、きょろきょろと周囲を見渡す彼女の様子に、アベルは苦笑する。


 どうやら、気を落ち着ける必要があるらしい。


(まぁ、始めの頃はそんなもんか。俺もそうだったもんなぁ)


 懐かしさを感じながら、アベルはイレインの頭を帽子ごとくしゃくしゃ撫でる。


「はひゃっ! な、何です教官!?」


「ほれ、本格的な戦闘に入る前におさらいだ」


「はいっ教官!」


「ではまず、魔法とは何か言ってみろ」


 己の特技をしっかり把握しているか、復習の時間である。


「魔法とは、自分の中にある魔力を、精霊に捧げ、特定の効果を発揮させる行為の総称ですっ!」


「うむ、では精霊に捧げるとは具体的に何だ?」


「呪文を使う事です! 声に魔力を込めて、欲しい効能を説明、次にどの精霊に働いて欲しいかを、最後に呪文の名前を言って完成です!」


 アベルは満足気に頷いた。


 冒険者としては駆け出しとはいえ、イレインは魔法使いの家系、流石に間違える様な事はない。


 それでは次、本命の質問である。


「最終試験の時、お前は呪文を唱える前に脱落した。この様に実戦では、思うように使えない事がある。――――対策はしてきたか?」


 これが、一番大切であった。


 記憶を頼りに、長々と詠唱する事が許されるのは、普通の生活を営む人々のみ。


(さて、どんな対策をしてきたかな? 魔法使いが『使える』かどうかは、これにかかっていぞ)


 完成するまで、逃げまわる体力を付けた奴もいた。


 前衛に混じり、敵を殴りながら詠唱する練習をした者も。


 勿論、市販の魔法道具に頼る者も数多く。


 成長を見守る親鳥の様な視線の中、イレインはローブを広げてくるりと一回り。


「じゃーーんっ! これがわたしの成果ですよ先生っ! 昔から考えてたんですっ! どうしたら沢山の魔獣と戦っても勝ち残れるかって!」


 にしし、と自慢げ笑う幼さを残した金髪美少女を、アベルはふむ、と観察した。


(何だ? 服に何か仕込んだか? 昨日とそう変わらないように見えるが――――)


 だがその判断を、歴戦の戦士としての勘と、好いた女と共に暮らす男としての経験が押しとどめた。


 替わりに、ローブを広げる少女を、大人の男がしゃがみ込みしげしげと眺める事案が発生。


 場所が昼間の王都なら、警邏の衛兵を呼ぶ事案である。


(――――いや、違う。魔術が仕込まれているっ!)


 魔術とは、呪文詠唱を簡略、或いは肩代わりをさせる技術などの総称。


 つまり、彼女のローブの裏側には、幾何学模様と数々の文字が、しっかりと刻印されている。


(ローブだけじゃない、皮の胸当て、ブーツ、ベルトや道具袋、帽子の裏もだとっ!?)


 アベルは思わず真顔で、イレンンを見る。


「え、お前。どんだけ金をかけたんだ? 魔術師にそれだけ加工して貰うの、かなりするだろう?」


 刻んだ魔法の効能にもよるが、これだけ多くのものとなると、ディアーレンでのゆうに数ヶ月分は豪遊出来る筈だ。


「変なところに借金とかしてないだろうな、流石にそこまでは面倒見切れないぞ?」


「大丈夫ですよ教官! 全部自作ですっ! わたしの祖父はかの有名な魔術技師エリフトっ! そしてその一番弟子なんですっ!」


「エリフト…………、そういえば聞いたことがあるな、西にエリフト在り、西で魔術を求めるならディアーレンから南に山三つ――――だったか?」


 謳い文句をそらんじて見せたアベルに、イレインは顔を輝かせて、ぴょこぴょこ飛び跳ねた。


「そうですっ! それですっ! お爺ちゃんだけなんですよね、冒険者になるの賛成してくれたの…………だから、わたしは名に恥じないように頑張りたいと思いますっ!」


「うむ、良い心がけだイレイン。ならば、幾つの魔法が使える?」


「沢山ですっ! 自信作なんですよっ! お前にしか使えまいって、お爺ちゃんも設計図を褒めてくれて」


 ふんすか、と興奮する少女に、アベルは苦笑しながら聞き出した。


「おいおい、沢山じゃ解らないぞ。具体的に言え、具体的にだ」


「要求があれば、魔力の続く限り何でも腕の一振りで飛ばせますっ! 植物を操作するのは苦手ですが、土や岩も、詠唱すれば。――――ああっ! 勿論詠唱中の対策も考えてますっ! 魔力を流すだけで自動に半透明の魔力の力場が――――」


 放っておけば日暮れまで話しそうなイレインを、アベルは遮る。


 もしこの言葉が本当なら、この少女は世紀の大天才と言えよう。


(少しの切っ掛けで、こうも延びるか。正しく動作すれば…………)


 ならば、やるべき事は一つ。


「よし、解った。ひと狩りするとしようじゃないか!」


「はい! はい教官!」


 アベルは楽して稼げる予感に、イレインは無邪気に笑って、草原を進み始めた。





 その暫く後、遠くに『大森林地帯』と呼ばれるものが見え始めた頃、アベルは足を止めた。


「俺の後ろを、少し離れてついてこい。そろそろ黒角兎や、三尾犬の生息域だ。一匹釣ってくるから、お前が仕留めるんだぞ」


「いつでも準備万端ですっ!」


 イレインの為に小声で話すアベルに、彼女も神妙な顔で静かに小さく答える。


 アベルは頷くと、早足で歩き始めた。


(出来れば黒角兎が良いな、あれはどの部分も金になる)


 黒角兎とは、兎の魔獣だ。


 通常、魔獣というのは魔王から発生し、魔王を倒さない限り無限に生まれ出てくる。


(しかし、本当に兎は魔王が出やすいよなぁ。どうなっていやがるんだ)


 歴史から見て、兎の魔王が討伐記録は多い。


 数十年に一回は倒されては、数年後に新たな兎の魔王が出現する始末。


 前回の兎の魔王は、大きく鋭い歯が特徴で、魔獣も皆そうだった。


 今回の魔王は、まだ発見されていないが、恐らく黒い大きな角が特徴なのだろう。


 そんな事を考えながらも、アベルはきっちり仕事を果たす。


 基本的な生態は、元の野兎と同じだ。


 アベル程の歴戦となると、発見も容易い。


(――――居たな)


 見つけた巣穴の周囲に、雄の特徴である二本の黒角を持った大きい兎が。


(単独か、これならやりやすいだろう)


 魔獣は総じて生命に対する憎しみを持つ、であるならば――――。


「――――こっちだっ!」


 アベルはそこらで拾った小石を投擲し、注意を引く。


 懸案すべき事は、巣穴から仲間が出てくる事であるが――――。


(食いついたのは目の前の一匹のみっ!)


 小剣を抜きながら、巣穴から離れるべく走る。


 少し離れた場所に、子供一人なら隠れられる大岩がある、そこにイレインが待ちかまえているのだ。


 そして――――。



「――――『火炎流星群』!!」



 降り注いだのは、大岩と同じ大きさの火球がざっと六十。


 アベルの目にはその一つ一つが、熟練の火炎魔法使いのそれに匹敵している様に。


 それだけではない。


 直線的に降り注いだモノもあれば、ぐねぐねと曲がって誘導をみせたもの、牽制の為に一段と早く着弾したもの。


(正直、一匹相手には過剰だが――――)


 数秒続いた魔法が終わり、そこには黒こげの地面と、案の定、燃え滓しか残っていない。


「よくやったイレイン。上出来だ」


「ありがとうございます教官っ! ひゃっはぁっ! 初めての魔法でしたけど、気持ちいいものですねっ!」


 喜ぶイレインへと、アベルは態とらしい程にニコリと笑う。


 そして――――。


「――――後、どれくらい撃てる? 火力の調整は可能か? どれくらい歩けるか?」


 頭の中には、金勘定で一杯だ。


 今日の補助金、狩りの成果による報酬、自分が持てる最大頭数などなど。


「はい、今のが最大で、調整は可能ですっ! 全力で後二回、最小で五十回はっ! これでも鍛えてるんですっ! まだまだ行けますっ!」


「ならば、――――良し」


 アベルは拳を振り上げて宣言した。


「狩るぞ、今日は大漁を目指す――――っ!」


「おおおおっ! やってやりますよわたしはっ! 先輩達を驚かせるくらい、黒角兎を狩りましょう!」


 二人は、勢いよく歩き出したのだった。


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