02 君と僕の過去
「魁璃のクラスは文化祭、なにするの?」
学校の帰り道、いつものように魁璃は愛花と一緒に帰っていた。今日は放課になってからすぐに帰宅しているため、外はまだ明るく、初夏の日差しも容赦なく照りつけている。
辺りの田んぼからはカエルの鳴き声が聞こえ、時折ぽちゃんと何かが跳ねるような音が聞こえる。
「ビデオつくるらしいよ」
魁璃や愛花が通っている高校では、もうすぐ文化祭があるのだ。今は六月中旬で、文化祭は七月という、通常の高校より少し早い文化祭となるが、一般公開され、模擬店やお化け屋敷などのちょっとした出し物もあるのだ。
魁璃が所属している二年三組は短いビデオを作成することになっている。毎年いくつかのクラスがビデオ作製をしているが、実質どれもあまり褒められたものではないものばかりだ。
「へー、魁璃くんも出演するの?」
「しないよ、恥ずかしいし。俺は裏方で働くよ」
魁璃は役者ではなく、物語構成の係になっている。ただ、もともと仕事が少ない方の係で、しかもほとんどを他人任せにしているため、魁璃はビデオ作製にほぼ関与していない。
「魁璃くんっぽいね、裏方。似合ってるよ」
愛花はそう言ってくすくすと笑う。おそらく、クラスに愛花がいれば必ず主役級の役者に抜擢されていたことだろう。
「うるせえ。で、愛花のとこは何するんだ」
「カフェやるらしいよ。ジュースとお菓子をだすの」
「さすがカフェ人気だな」
去年もそうだったのだが、大抵、カフェを出し物とするクラスが一番多い。客受けが良いというのもあるし、カフェで店員をやってみたいという生徒がそこそこいるのだ。それに毎年どこかがやっているので、準備をするのが簡単という理由もある。
「そう。だからライバルが多いんだよねー。もちろん、魁璃くんも来てくれるよね?」
「暇があったらね」
「でも、そっか。文化祭の前にテストだよね」
一学期の期末考査は六月の終わりにある。今は文化祭の準備をしているが、それもテストが始まれば一時中断されるのだ。今下校している生徒にも、帰りながら勉強をしている生徒が数人いる。
「テストか。だるいな」
正直、魁璃は成績があまり良いほうではない。ひとつのクラスは四十人で構成されているのだが、その中で良い時で半分、悪い時で後ろから五本の指に入るほどだ。
「魁璃くん頑張らないと。赤点とったらまずいよ?」
反対に、愛花はいつも成績優秀である。一学期の中間考査ではクラスで三位という好成績を記録している。魁璃は考査勉強期間中にもよく愛花とメッセージのやり取りをしているが、自分と同じような勉強時間でここまでの差が出るというのはとても不思議だった。
「一応、俺も勉強してはいるんだけどな」
といっても、魁璃は考査勉強期間中にあるアニメもリアルタイムで見てしまっている。録画もいいが、SNS等でネタバレを見てしまうことがあるので可能な限りリアルタイムで見たいのだ。そんなことをしているから、あまり勉強に集中できずに時間がたってしまうのだ。
「別に赤点とるのは構わないけど、補習があるでしょ?」
「そうなんだよな。補習が一番めんどくさいんだよ。少人数だからサボるとばれるし」
魁璃らの通う高校は、赤点をとると必ず補習に出席させられることになる。当たり前だが補習は休日もしくは平日の放課後にあるため、魁璃の完全にフリーな時間が削られるのだ。
「だったら、私が見てあげようか?魁璃くんの勉強」
「でも愛花は愛花の勉強があるだろ?」
「大丈夫。私普段からあんまり勉強せずにアニメ見てるから、その分を魁璃くんとの勉強時間に当てれば成績をキープできるよ」
愛花は少し自慢げに言う。魁璃は普段の授業で寝ていたりしているが、愛花は真面目に受けているので少量の勉強時間でもそこそこの点数がとれるのだ。愛花は一時期に一気に勉強するより、普段から少しずつ勉強することを好むタイプなのだ。
「ん、だったら、教えてもらおうかな」
魁璃はそれならと納得し、頷く。
「わかった。じゃあ今日からもう魁璃くんの家行っていい?」
「え?俺の家でやんのかよ?」
魁璃は驚いてそう言う。てっきり、図書館やファミレス等ですると思っていたのだ。
「当たり前だよ。ここら辺にそんないい店なんてないし、魁璃くんの家だったらちょうど帰り道にあるから」
「まあ、確かに」
「じゃあ決まりね」
そう言って、結局本当に愛花は着いてきた。魁璃は愛花をリビングに待たせてから、自分の部屋を片付けるために二階へ向かった。
愛花は魁璃の家のリビングを見渡してみる。自分の部屋ではないためか、それなりに整理整頓されている。広さは人が五人は余裕で入れるといった程度だ。
「あら、いらっしゃい」
そこへ、ちょうど魁璃の母が帰宅してきた。魁璃の母親は平日は仕事をしているが、帰宅時間は魁璃が普段家に着くのと同じ頃だ。それ故、何度か愛花と魁璃が一緒に下校しているのを見たことがあったりもするのだ。
「すみません、お邪魔してます。魁璃くんが通っている高校の三年生で、穂波愛花と申します」
いつも一緒に帰ってはいたが、実は愛花が魁璃の家に入るのは初めてである。愛花は魁璃の母親を初めて見たため、自己紹介をした。
「魁璃の母親の美紀よ。それより、魁璃はどこに?」
「魁璃くんは自分の部屋を片付けに行きました」
「なるほど、だから愛花ちゃんはここにいるのね」
それから魁璃の母は冷蔵庫にあったジュースを取り出し、コップに注いでから愛花の前のテーブルに差し出す。透明のコップが太陽の光を反射してキラキラと光る。
「ありがとうございます」
愛花は頭を少し下げて礼を言うと、ちょびちょびとジュースを飲む。その顔は緊張のためかやや堅い。
「魁璃、なかなか難しい性格してるでしょ」
ふと、魁璃の母親がそう話しかけてくる。
「そう、なんですかね。魁璃くんは自分では色々と思っているみたいですけど、私は別にそんなに気にすることじゃないと思います」
愛花は飲んでいたジュースのコップを置き、言う。
もちろん、それは魁璃が自分がオタクであることを嫌っているということについて話しているのである。愛花自身そこそこのオタクなのでアニメのことなんかで話が合うことが多いが、先日のように素っ気なくなることが多々あるのだ。
「そんな風に魁璃のことを評価してくれる人がいて嬉しいわ」
魁璃の母はなにやらキッチンで作業をしながらにっこりと笑う。
「あ、そういえば、愛花ちゃんが魁璃と出会ったのって、今年の四月ごろ?」
「はい、そうですけど…」
「やっぱりね」
母親はそう言って何度か頷く。
「どういうことですか?」
愛花は何故魁璃の母親が自分たちが知り合った時期を知っているのかわからず、そう訪ねる
「魁璃ね、もともと学校を休むことも多かったのよ、だけど四月の終わりごろからは毎日通うようになったから、まさかと思ってね」
実は愛花と魁璃が出会ったのは、そんなに昔ではなかった。愛花が三年生になってからすぐの四月末のころだ。その日、たまたま遅刻した愛花と並んで教師の説教を受けたのが魁璃であった。その後、何度か会ううちに魁璃と仲良くなっていったのである。
「そうだったんですか」
「今まであんまり話の合う人がいなかったらしいけど、愛花ちゃんとは普通に喋れるから嬉しいんじゃないのかな」
愛花はなぜか急に照れ臭くなり、えへへと笑う。
「愛花、待たせてごめん、片付け終わった」
そうこうしているうちに、魁璃が片づけを終えてリビングへ戻ってきた。
「なんだ、母さん帰ってたのか」
「ついさっきね。でもまたお出かけしてくるから、お留守番よろしくね」
そういうと、母親はさらっと身支度を整えるとそそくさと家を出ていった。
「さて、勉強勉強!がんばろ、魁璃くん」
「お、おう」
魁璃は愛花が満面の笑みを浮かべてそう言ったので、少し戸惑った。自分がいない間に何かあったのか知らないが、いつもよりテンションが高い気がした。
そして二人は、魁璃の部屋へと向かったのだった。
まるでオタクのような魔女の君 @asa_fuderyu
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