ミライミイラ~10歳になる俺の娘はS級水魔法使いだった件について~

阿礼 泣素

第1話 私は未来からきた、ミイラ、縮めて、 ――ミライミイラなのです!

 黄塵万丈にかすむ大地。少女が一人、神妙な面持ちで佇んでいる。周りの人間は祈るように手を組み、その少女をまるで神であるかのように崇拝する。

「望日(みひ)、それじゃあ、頼んだぞ。父さんとの約束だ」

「わかってるって! この望日ちゃんにおまかせ!」

 少女はサムズアップをして破顔一笑する。

「それじゃあ、行ってくるね……」


それは未来を追憶する物語……


「止まない雨はない。病まない心もない」なんて言葉は嘘である。

――雨は止まない。

 異常気象で雨が止まなくなってしまった世界になって早一世紀。この《アマガハラ》は黒く陰り、空は仄暗く閉ざされている。

太陽を見たことのない世代のことを「ヒミナシ」と呼ぶようになり、血色の悪い子どもたちが人工太陽のおぼろげな光に当てられすくすくと育っている現実。


「人生つまんねーな」

俺、跡川朱冴(あとかわあかざ)は嗟嘆する。己の生まれた時代、己の生きる世界、己が存在するこの世に嫌気がさした。いわゆる厭離穢土ってやつだ。生きる時代が違えば、燦々と輝く太陽ってのを見ることが出来たのかな。

「そういや、蔵の整理をしようと思ってたんだった……」

 俺は自分に課した任務を思い出し、久方ぶりに埃っぽい蔵の中へと身を投じた。

ここに入るのは久しぶりだなーって考えながら……

正直面倒だなー億劫だなあーなんて考えながら……

「ん? こんな箱あったっけ?」

 それは、妙に近未来的な棺? のようなもの。あったら絶対に気がつくと思うんだけどな……俺はその箱に近寄って中身を確認しようとした。

すると、唐突にその箱はガタリと動き出した!

「うわっ!」

 俺は柄にもなく大きな声で叫んでしまった。

「もう……びっくりした! 変な声出さないでよ!」

 確かに、箱の中から声が聞こえた。気が狂っているんじゃないかなんて思われるかもしれないけど、これは幻聴なんかじゃない。紛れもなく俺の耳には少女の声が聞こえたんだ。

――ほら……また聞こえる……

「今日は何年の何月何日ですか?」

 それはいかにもタイムスリップしてきた人が言うような、はたまた記憶喪失してしまった人が言うような、何日も意識がなかった人が言うような……お決まりのセリフだった。

「今日は新暦三五三年の六月十二日、恋人の日だそうだ」

 どうやら俺は、その声の主が発した質問に素直に回答してしまっていた。何故かは分からない、ただ反射的に、現在の日付を懇切丁寧に見ず知らずの人間に教えてしまった――しかも、くだらない蘊蓄付きで。

――まあ、人間かどうかも分からないけど。

「そっか! とりあえず上手く辿り着けたみたいでよかったよかった!」

 よっこらっせのこれわいしょ。そう言ったかと思うと、箱の上部にあたる部分がひとりでに何かに押し上げられたように開き、中から白い腕が二本突き出された。

「…………!」

俺は驚きのあまり、その場に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 その二本の腕は白魚のような、そして雪を欺くような、純白の細腕。

でも、その腕は良く見ると真っ白な包帯がぐるぐると隙間なく巻きつけられた腕だった。二本の腕に続き、包帯でぐるぐる巻きにされた頭部と思われる部分も俺の目の前に厳然として現れたのだった。

「み……ミイラ少女!」

 どうやら俺はすっかり気が動転して、訳のわからないことを口にしてしまったようだ。

何がミイラ少女だ、そんなの聞いたことがない、ミイラ男ならまだしもミイラ少女だ、そんなもの、おもちゃ屋さんにでも売っているのだろうか? ミイラ少女二九八〇円、そんな馬鹿な、そんなことあるはずもない。はたまたこの蔵はピラミッドに続く古代遺跡の一部だったのか、だったらこれから今すぐ世界遺産に登録してもらわなくっちゃな、数年間、世界遺産に値するような家に住むことができるなんて、俺はなんて幸運な人間なんだ。

――いやいや、落ち着け跡川朱冴、冷静に今の状況を分析して考察するんだ。

 そう心の中で唱えた俺は目を閉じて深呼吸、もう一度、ゆっくりと目を見開き状況を的確にそしてありのままに伝えるんだ……

「ミイラ少女!」

 俺は再びこの現状を形容する言葉として「ミイラ少女」という言葉を選択してしまっていた。なんてことだ、なんて俺はボキャブラリーの貧困な人間なんだろう、いや、そんなことじゃない、問題は……

 そうやって思案している俺を見かねて少女は言った。

「ふむ……ミイラ少女、悪い響きじゃないね!」

腕と頭部だけではなく全身を露わにしていたミイラ少女、その姿はやはり全身包帯に巻かれ真っ白な様相を呈していた。

「よっ! 久しぶり! 跡川朱冴!」

 少女は懐かしげに久闊を叙する。快活な声で俺の名を呼び、俺に向かって右手を挙げ、友好的な雰囲気を醸している――彼女はまるで俺と昔からの付き合いがあるかのように、そして俺と彼女は遠慮のない間柄であるかのように振舞っていた。

でも俺はこんなミイラ少女と知り合いではない。念のため俺は一瞬のうちに脳内の知り合いリストをおっぴろげて洗いざらい検索してみた。だけど、やっぱりヒット件数はゼロ――該当する人物が皆目見当つかない。

きっと彼女は誰かと勘違いしているんだろう。きっと他人の空似、世界には自分と同じ顔の人間が三人いるなんて話もあるし、その人と間違ったんだろう。

いや……待てよ。

――じゃあなぜ、俺の名前を知っている?

 俺はその謎について思いを馳せる間もなく、少女の放った爆弾発言の餌食となった。

「いやあ、今も昔も変わらないね! お父さん!」

彼女は確かに、今、お父さんと言った。待て待て、俺の隠し子? いやいや、俺はそんな甲斐性のない男ではない。ふざけるな、これは組織が俺を陥れるためにしかけた罠、根拠のない妄言だ。

 だから俺は言ってやった。

「俺の誕生日は? 俺の好きな食べ物は? 俺の好きな色は?」

 ふふふ……誕生日くらいは調べれば分かるだろうが、ほかの物は俺と親しい人間しか分かるまい! これで俺とミイラ少女は昵懇な間ではないことが証明される。

だが、少女は別段考える所作もなく返答する。

「誕生日は四月十四日、タイタニック号沈没の日。好きな食べものは海老フライ、しっぽは食べない派。好きな色は赤、その中でもワインレッドが好き」

 なんてこったい。誕生日はもちろん、俺の好みまで完全に把握してやがる――そして懇切丁寧にお得意のうんちくまで。なんなんだこの少女、まさか俺の心が読めるって言うのかよ。

「ちなみに心が読めるわけじゃないよ。そしてついでに言っとくと、お父さんはお尻の所にほくろがあって、それを見られるのが大の苦手」

 心読めてんじゃねーか。ってツッコミはさておき、なぜ俺のコンプレックスまで知ってるんだこの娘は……まさか俺はこの娘に知らず知らずのうちに尻を見せてしまったというのか。なんて不審者極まりない行動なんだ。そして知らず知らずのうちに俺の認識が少女から娘になっているぞ、まったく、どうなっているんだ。

「だから、跡川朱冴の娘だって言ってんじゃん。そんな面食らった顔向けられても困るなあ。

――まあ、いきなり信じろって言っても無理か……」

 少女は考えあぐねる様子で俺のほうを見つめていた。だが一方で、俺はこの娘を信用するに値する人間だと感じた。尻のほくろの件もあるが、なんとなく俺はこの娘に親近感、親心を感じずにはいられないのだ。それは単なる保護欲をかき立てる様相、父性がくすぐられるようなあどけさに起因するものなのかもしれない。だけど、俺にはそれ以上のモノが感じられたんだ。所詮感覚なんて主観的で、信用に足るものとは言えないのだろうけれど、感じたんだからしょうがない!

「いいぜ! 信じてやる! それじゃ、今からお前の名前は跡川望日(あとかわみひ)だ!」

 俺は、俺の娘と名乗る少女に勝手に名前をつけてやった。娘なんだから勝手に名前をつけても文句は言うまい。ちなみに名前の意味だが……

「今は見えない太陽の日だけど、いつの日かその太陽を見る日が来ることを望むってことで望日でしょ。今からじゃなくてもとから望日だっての! お父さん何言ってんの?」

 どうやらネーミングセンスは大人になっても変わっていないらしい。名前の由来もまんま俺が考えたものと同じだった。

「ってことでお父さん、そろそろ私の話をまじめに聞いて!」

 強い口調でミイラ少女もとい、自称俺の娘、跡川望日は言った。

「私は未来からきたミイ……」

――言わせねーよ!

 俺は早速、望日の言おうとしたことを遮ってしまっていた。話の腰を折るなんていう無粋で低劣な真似をしてしまった。だって真面目な話がはじまるような予感がしなかったから。

「ええ! なんで分かっちゃったの! 今から望日ちゃん渾身のギャグが炸裂する予定だったのに!」

「お前は真面目に話をするつもりはあるのか!」

 俺が望日を叱咤したことで、一瞬、望日は詰まったように見えたが、

「まあ、言わせてもらうけどね! 私は未来からきた、ミイラ、縮めて、

――ミライミイラなのです!」

 えっへんと腰に両手をあて、いかにもというしたり顔でふんぞり返っていた。

 まあ、その語呂がいい言葉を言いたかったんだろうなという思惑は当たっていたわけで、俺はなんだか悲しくなった。


「というわけで、お父さん! 今から望日と一緒に太陽を見に行きましょう!」


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