※旧タイトル 『モテる力』の使い方

おしゃかしゃまま

第1話 太刀宝 力雄の夢

「いつもありがとうね。助かるわ」


「いえ、これくらいお安いご用です」


 妙齢の女性の笑みに笑みを返しながら、学生服を着た少年が持っていた段ボールを地面におく。


「じゃあ、僕はこれで」


「ふふ……じゃあね」


 緩やかに振られる手に元気よく手を振り替えして少年は歩いていく。


「いたたた!?」


 途中、ランドセルを背負っている女の子が座っていた。

 膝から血が出ている。こけたのだろう。


「大丈夫? これ使う?」


 その子のところまで少年はすぐに向かい、もっていたハンカチを手渡す。


「え? あ、ありがとうございます」


「お礼はいいよ。お嬢さん。綺麗にしないとバイ菌が入ってしまうからね」


「お嬢さん?」


 首をかしげる女の子に除菌シートも手渡して、少年は歩いていく。


「おはよう詠川さん。今日も綺麗だね」




 同じ学年の子なのだろう。

 眼鏡をかけた女子学生に少年は声をかける。


「あはは、おはよう」


「ん? 葉原さん! おはよう! 今日も元気みたいで嬉しいよ」


「ああ、おはよう」


 そんな調子で、少年は道行く他の女の子にも声をかけていく。

 彼の名前は太刀宝 力雄(たぢから らお)。

 高校一年生。


 身長165センチ。

 髪の毛をツンツンととがらせた少年だ。

 彼は、ある夢を持っている。



「そこの君! なんですかその髪型は! 校則違反ですよ!」



 校門の前で、少年は長い黒髪の少女に呼び止められた。

 少女の腕には、『風紀委員』と書かれた腕章がつけられている。


「いい? 整髪料なんて学生には必要ないんだからさっさと水で落として……」


 注意をしてくる少女の手を、力雄はサッと取った。

 突然の力雄の行動に少女は目を丸くしていると、力雄は少女の目をじっと見ていった。



「僕の名前は太刀宝 力雄と言います。先輩のお名前はなんというのですか?」


「は、はぁ?」


少女は困惑した声を出しているが、力雄はそのまま続ける。


「アナタのような綺麗な人に出会った事がありません。そのまるで星がきらめく夜空のような美しい黒い髪。磁器よりも勝る艶やかで滑らかな新雪よりも白い肌。まるで話に聞く天女のようではありませんか」


力雄はぎゅと少女の手を握る。


「君はいったいなにを……」


「スマホは持っていますか? SNSは? 連絡先を是非教えてください。食事にいきましょう。とってもステキなお店を知っているんです……」


「……ふざけたことを言っていないで、さっさとそのみっともない髪をどうにかしてきなさい。はやくしないと……」


「今日、アナタに出会えた奇跡に感謝します。新しい恋に、新しい愛に。これが僕の連絡先です」


胸ポケットから、力雄は名刺を取り出す。


「……連絡待っています。それでは……ぐふっ!?」


そのまま、去っていこうとした力雄の首を少女は捕まえる。


「なにそのまま逃げようとしているんですか? 私はその髪につけている整髪料を落としてきなさいと言ったんです」


げほげほと咽せながら力雄は少女を見上げる。


「いや、それは出来ません」


呼吸を整えた力雄はきっぱりと少女に言った。


「出来ない? どうして? 何か理由が……」


「……モテたいからです!!」


力雄ははっきと大きな声で言った。



「……………………はぁ?」


少女の、困惑しきった声を無視して力雄は語る。


「僕は世界で一番モテたいんです。そのために僕は日々努力を重ねています。細マッチョになるために筋トレやランニングをしたり、女性の心理やファッションを勉強したり……」


ぐっと力雄は拳を握る。


「僕はモテたい。それのどこが悪いというんですか? モテるためにヘアスタイルを整える事のなにが悪いんですか? 僕はモテたい。それを邪魔する事なんて、誰にも出来ないはずだ!!」


「……いや。いいからさっさと落としてきなさい」


力雄の力のこもった主張を無視するように、守は近くの手洗い場を指さす。


「……先輩」


力雄は、そっと再び守の手を握った。


「先輩が自身の職務を全うしようとする姿はステキだと思います。一切の妥協を見せないその姿勢も僕は尊敬します。でも、今日はそんな自分を休めてもいいんじゃないかな? いつもそんな怖い顔をしていると、せっかくの美人が台無し……だぞ?」


キラリと星が出そうな笑みで力雄は少女を見た。


必殺。スタースマイル。


「……がふっ!?」


そんな力雄のスタースマイルは破られた。


少女の右拳が、的確に力雄の顎を打つ。



これは、将来の夢が『世界で一番モテる男になる』という太刀宝 力雄の物語である。

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