第9話
ガウンを脱ぎ捨てて、いつもの白衣に袖を通す。そのポケットに入っている煙草を確認してテントの外に出た。マスクをずらして煙草を一本咥える。待ち伏せていたようにモナが煙を吐き出していた。声もなく手を挙げあって、煙草に火をつけた。
最初の一吸いを肺いっぱいに吸い込んで、ため息と一緒に盛大に吐き出した。緊張感が抜けない。まだ手が震えている。
久しぶりの煙草に頭がくらくらする。思わず座り込んでいると「ここか」とスイの声がする。座り込んで丸まった背中にスイが肘をついて、隣に座る。肘が動いて、肩をねぎらうように叩いた。
結果的には、彼女を助けることができた。倒れてくれたのがこちら側に近い場所で本当に良かった。ああなる前に処置していたら、きっと結果は違っていたんだろうけどそれは結果論だろう。今は状態も落ち着いて、管だらけになってはいるが立派に生きている。あとは、彼女の生きる気力が必要になる。二本目の煙草を取り出して、続けて火をつける。
誰も話さない。夜が明けだしていた。東の空が白んできていた。朝日の光の中に煙が溶けていく。朝日と煙が目に染みて、目を開けていられなかった。ほとんど知らない相手に、彼女を取り巻く友人たちに、俺はこれでやっと顔向けできる。そう思うと胸の奥から感情が溢れて止まらなくなっていた。
スイが横から煙草をかすめ取っていく。感情的になっている。煙草を取られてしまった指は所存なさげに宙をさまよった。スイの掌が頭を優しく包んで、彼の胸元にいざなった。視界は、彼の軍服でいっぱいになった。彼の体温や心音がすぐ近くにある。ああ、そうか、俺も守られていたんだ。それに気が付くと、もう止められなかった。
彼女を地下の手術室から地上のテントに移送して、規則正しい呼吸をしているのを確認して、ひとまず息をついた。時刻は夜明け。アイセは彼女のベッドサイドの丸椅子にどっかりと腰かけて、大きな背中を丸めて座った。術後の経過は大したもんだ。開胸してから分かったが、彼女の肺は片方機能していなかった。自分の血液で埋まってしまった肺は、切り取るほかなかった。肺を押しのけて心臓まで水をためていた。よく動いているなと感心した。
今の彼女の体には、たくさんの管が伸びている。捕らえられているかのような状況だが、こうしないと彼女の体は保たない。
そろそろ、麻酔が切れるころだ。鎮痛剤を指示された量投与する。
彼女のまつげが、震え出した。
きっと、もうすぐ目が覚める。また、暴れないといいけど。そう思うと彼女のそばを離れることはできなかった。遠くから複数の足音がする。それはテントの前で止まった。きっとレンが言っていた彼女の友人たちだろう。走ったりなんかしたら目立つからと釘は刺したが、気が急いでしまうだろうなあ、と他人事のように思えた。
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