第13話 母の日記と祖母の日記

 家を片付けている母が、とりあえずなんでも詰め込んでいる階段下の扉を片付けたいといったので、中にあったものを全部出した。一番奥から段ボール箱を再利用した本箱のようなものがでてきて、その中に古そうな本が数冊入っていた。和綴じの本もあった。

「ああ、それは私のお母さんの本よ」

と母が言った。

 私は母方の祖母に会ったことがない。祖母は母が成人する前に亡くなったからだ。厚い本が3冊。日記のようだった。残りはとじた糸が表面に見える、和綴じの本だった。

「私が死んだら処分してと言ったらしいけど」

処分されずに残ったようだ。もしかしたら、子どもたちで形見分けをして数冊ずつ持っていたのかもしれない。

「ちょっと読んでみたけど、子どものことか書いてあった。私が死んだら一緒に入れて燃やしてほしいけど、お棺に本入れるのダメなんだってね」

と母が言った。そういえば十年近く前に父方の伯父が亡くなった時、画家だった伯父のために伯母が本を何冊か入れてあげようとして葬儀会社の人に1冊にしてくださいと言われていた。入れる本はページを折り曲げて本というよりアコーディオンのおもちゃのように広がってしまっていた。せっかくの本なのに広げる楽しみがないし、本というよりゴミのような扱いに見えてなんだか残念だと思った。

 祖母の本たちはもう処分すると母が言ったので、興味津々もらってきた。

 よく見ると、日記3冊のうち祖母が書いたのは2冊で、残り1冊は母が書いたものだった。

 なぜわかったかというと、日記の中で母方の叔父の名前が書いてあり、「父母がない子だからきちんと育ってほしい」と書いてあったのだ。

 祖母の日記を少し読んでみた。1冊は昭和5年。祖母は19歳だったらしい。もう1冊は28歳で3人目の子どもを産んだ頃らしい。母の妹にあたる叔母を産んだようで、名前をつけたと叔母のことが書いてあった。

 私は祖母のことをほとんど知らない。何歳で亡くなったのかも聞いた覚えがないし、写真も若い頃の白黒写真を一度見たことがあるだけだ。母よりもきれいな、おとなしい感じの人だと思った。

 祖母は日記の中で結構いろいろ言っている。

 「芝居や映画のような恋のような思い切った恋がしてみたい」とか「近所の人がどう想像しようが悪いことをしていないのだからいいのだ」と書いてあった。

 写真の印象とは違って意外と勝気な人だったのかもしれない。ある人から「小さい頃は弱くて苦労したけど、四十からが全盛期。六、七十まで生きる」と言われてうれしいと書いてある部分があった。なんだか切なかった。実際には祖母は祖父を戦争で亡くし、病気にかかり、子ども四人を残して亡くなっている。どんなに心残りだったろうと思う。

 母の日記も読んでみた。母が二十歳ごろの日記だった。若い頃、母は結核にかかって療養したという話は聞いていたが、この日記は療養が終わる頃の時期のようで、長期欠席していた学校を退学しないといけないのではと言った不安や体が疲れやすくて健康が何より大事だというもどかしい思いが書かれていた。

 二人の日記の大きな違いは、書かれている文章だった。筆運びがわかるようにつながって書かれている字体の文章なのは共通している。だが、母の日記の方が圧倒的に字が読み取れる。祖母の日記の崩し字は私には元の字が何なのか、わからないものも多いのだ。ちょっと昔風の看板に書かれている「だんご」の多に点々がついているような「だ」や「そばや」の匁に点々がついているような「ば」が頻発する。そして「ありませう」「しませう」という書き言葉もある。祖母の時代には普通だったものが、こんなに普通ではなくなっているのだと改めて感じた。多分、字体だけでなく、生活様式や習慣もかなり変わっているのではないかと思う。日記なので、解説がない分、「〇〇をした」と書かれていてもそれがどんな意味をもつのか、私にわかるだろうか。幸い、一緒に譲り受けた和綴じの祖母の本はお習字の本だった。字体の崩し方も書いてあったので、ヒントになるかもしれない。

 日記を読まれるなんて祖母は迷惑かもしれないが、謎解きのようでちょっとワクワクしている。祖母がどんな人だったのか知る機会だ。解読できたら母にも見せてあげようかな。

 

 

 

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