第13話 貧弱なステータス
セリアがあと十ヶ月で死んでしまう。
その事実に対して自分の行動を定めることができず、俺は逃げるように宿まで戻ってきた。
唐突すぎだ。俺はセリアがいない生活にようやく慣れてきたのに、それすらも馬鹿にするような一報。いやになってくる。
ホムンクルスだっているんだ。これ以上悩みの種を抱える必要がどこにある?ないだろうが。
わかりたくないことだらけだ。
「シオン、ギルドで何を話してたのよ?」
宿に戻ると、受付に立つフレイがそう尋ねてきた。
だが、答えることはできない。情報規制がかけられているんだから。
「何でもねーよ」
「何でもなくないでしょ?シオン今、酷い顔してるわよ」
「あっそ」
今は誰とも話したくない。ほっといてくれよ。
「あっそって······。シオン?私でよければ相談に乗るわよ?何言われたのか知らないけど、一人で抱え込まないでよね?」
「そーだな」
フレイはまだ何か言いたげだったが、それを無視して階段を上がる。最早目を閉じても行けるほど泊まり続けた部屋に入って、服も着替えずにベッドに身を投げ、そのまま目を閉じる。
しばらくそうしていると、既に聞き慣れた声が聞こえてきた。
「起きない······寝ている?着替えたほうがいい」
「ほっとけ」
「起きているのなら着替えたほうがいい。ベッドが汚れる」
はぁ。俺が何を思っていようと、こいつはこいつだな。容赦ねぇ。
「俺今落ち込んでんの。見りゃ分かるでしょ?ほっといてくれよ」
「私に与えられた"機能"は、最低限の倫理観や戦闘術、知識だけ。そこに感情の機敏の察知は含まれてない」
「本当にえげつねーなお前」
何だよ。お前、そんな最悪な作られ方してんのかよ。作ったやつ、ホムンクルスのことを道具としか見てないんだな、きっと。
「今日は寝る。疲れた」
ふて寝だ。
考えることが多すぎて、向き合う気にならない。逃げとも言うんだろう。
だけど、それをするだけの気力が湧いてこないんだから、仕方がない。
椅子に座っていたホムンクルスが、ベッドに上がってきた。
そして、俺の頭を持ち上げて、太ももの上に乗せようとして······なぜかベッドに戻しやがった。
「お前なぁ?」
「あなたは以前、膝枕は簡単にするべきではないと言っていた。だから、やっぱりやめた。よく分からないけど、私はあなたに好意的な感情は抱いていない」
「そうかよ」
別にこいつが俺の事をどう思っていようと、関係ない。今はふて寝するだけだ。
そう思って寝返りを打ち、ホムンクルスに背中を向ける。
ペチ。軽く頭を叩かれた。
······ペチ。また頭を軽く叩かれた。
「何お前、俺に喧嘩売ってんの?」
「違う。朝から寝るのは体に悪い。起きて動くべき」
「つってもなー。今は動きたくないんだよ」
ペチ。再び頭を叩かれる。
「ねぇ、本当、何してんの?」
「ボーリョクケーヒロイン?主人公を殴って矯正する」
「それは色々と違う。あと、俺は主人公じゃねーから。そんなの勇者にでも押し付けとけよ」
「······そうなの?」
ホムンクルスは不思議とばかりに首をかしげた。こいつのこの手の知識は変に偏ってるから、理解ができないらしい。
「そうなんだよ」
「そう。それは参考になった」
よし、上手く話を逸らせた。あとはドサクサに紛れて寝れば······。
「とにかく、動くべき。怠け癖がついたら大変」
話は誤魔化せなかったらしい。
「俺にだって事情があんの。今は寝る」
「その事情を話さないのなら、私があなたに気を遣う必要もない。今からでも薬草を採集しに行くべきだと考える。昨日も休んだ。今日も休んだら、金が足りなくなる」
「くそっ」
何で今日に限って機械みたく正論を並べ立てるんだよ。そういうの、一番嫌いなんだけど?
でもまあ、体を動かせば少しは気が紛れるかもしれないし······。
「じゃ、お前の言う通り今からギルドに行くことにしてやるよ。その代わり、お前も来い。絶対だからな」
「強制は良くない。けど、それがあなたらしい」
ホムンクルスは無表情で不器用に笑うと、装備品の点検を始めた。
点検を終えた装備を身に纏い、ホムンクルスを連れてギルドへと向かう。そのままクエストを取ろうと思ったのだが、ちょうどクエストが更新される時間に来てしまったらしい。出遅れたようだ。
クエストボードの前には何十人という冒険者が集まっていた。どうやら、クエストラッシュ(クエストが更新された瞬間に、冒険者たちがそれを奪い合う格闘技的な何か)に間に合わなかったようだ。
今日受けられるクエストは残り物だろう。
「なぜクエストを取りに行かない?」
「あの人の波に揉まれろってか?お前が行けよ」
「分かった」
そう言ったホムンクルスは、クエストボードの方へと歩いていく。その足取りに迷いは無かった。
「ちょ、嘘だから!マジに捉えんなよ!」
慌ててホムンクルスの腕を引っ張ると、ホムンクルスは無表情でこちらを振り返った。
「何故止めたの?私はクエストを取りに行こうとしただけ」
「いいから。あれじゃあろくなものは残ってねーよ。帰るぞ」
帰る口実が出来た。そう思って。踵を返して帰ろうとすると、一瞬だけ脳裏にセリアの顔が浮かび上がり、そして消えた。
「······っ」
歩みを止めて何かに縋るようにその場に留まる俺を見て、ホムンクルスは首を傾げる。
「どうかした?今日のあなたは何かおかしい」
俺だってよく分からない。分からないことだらけだ。でも、今考えてることは何だ?
本当にそんなことがしたいのか?
今更そんな権利があるのか?
今更どの面下げてそんな事できる?
分からない。でも、もう一度だけでもあいつの顔を見たい。どうしようもなく、そう思った。
「おい、こっちだ」
ホムンクルスを連れて、受付に向かった。
俺の姿を捉えたらしい受付嬢は、俺が薬草採集のクエスト依頼用紙を持っていないことに疑問を持ったのか、すぐに口を開いた。
「シオンさん。今日は薬草採集ではないのですか?」
「まー、その······」
こんなことを言うのは何ヶ月ぶりだろう。もう覚えてない。半年は経っているだろうか。
「ダンジョンに行きたいから、許可を出してほしい」
「······」
受付嬢は驚いたように目を見開き、一瞬後にはその驚愕を営業スマイルの裏に隠した。
「そうですか。ですが、シオンさんは定期のステータス開示を、4ヶ月間行っていません。そのため適正階層が分からないので、先にステータスの開示を行ってください」
「分かった」
思えば、この人とこんなに会話することもほとんど無かったな。
ふと受付嬢の顔を見る。
黒髪ロングなところや、女性にしては長身なところが、ギルドマスターと被っていて霞んで見えてしまうが、それでも十分美形で通る容姿だ。
スレンダーな体のラインは本人の美との相乗効果を生み出して、並のボンキュッボンより大人の美しさを感じさせる。相当引く手数多に違いない。
「名前を教えてくれない?」
「今は業務中なので、個人的な話は······」
「自意識過剰すぎ。別に、あんたに興味があるわけじゃない。ただ、自分の担当なわけだし、そろそろ名前くらいは覚えようかと思っただけだよ」
「はぁ」
受付嬢があからさまにため息をついた。耳元が赤くなっていて、それを誤魔化すように咳払いをしている。勘違いしたのが、相当恥ずかしいようだ。
「まぁいいです。私は、マリエラ=ダグディールと言います。今後もよろしくお願いしますね」
「そーですね」
何時まで覚えられるかは知らないが、出来るだけ覚えておく努力をしよう。適当に返事を返すと、受付嬢―――マリエラさんは口を開いた。
「それではステータス用紙を持ってきますので、少々お待ちください」
「分かった」
マリエラさんが立ち上がって職員室へ向かっていく。近くに人がいなくなったのを確認して、俺はホムンクルスにそっと耳打ちした。
「なぁ、この間確認はしたけど。本当にステータスの改ざんが出来るんだよな?」
「問題ない」
ホムンクルスを冒険者にする前に、俺はいくつかの事を聞いていた。
その中の一つが、ステータス用紙の偽造についてだ。
魔力を解析されて足がつかないように、魔力なしのポーターとして登録するのは必須だ。だから、ホムンクルスに魔力があることを、知られてはいけない。
流石に駄目かと思ったが、ホムンクルスとは命を削って他者に寿命、魔力、ステータスを譲渡する存在だ。自身のステータスを操ることくらい、造作もないらしかった。
「本当に平気なんだな?」
「分かりきっていることを聞くのは効率が悪い」
「その言葉、信じるぞ?」
ちょうどその時、マリエラさんが二枚の紙を持って戻ってきた。
「こちらがステータス用紙になります。使用方法は分かりますよね?」
「わかってる。こうすればいいんだろ?」
ステータス用紙に手のひらを乗せる。すると、それだけで紙面が発光し、数字列を映し出した。
―――――――――――――――
名前【シオン】
クラス【なし】
LEVEL【16】
HP【100/100】
MP【24/24】
攻【43/91】
防【27/63】
速【50/102】
賢【33/69】
魔力攻撃【3/3】
魔力防御【8/9】
ユニークスキル【なし】
スキル【危機察知:B】
―――――――――――――――――
ステータスの、攻などの横の数値。/の右側が潜在値といい、その者の成長限界を表している。これは魔物を殺したりしてレベルを上げると上限が増えるもので、ステータスが潜在値に近いほど強いとされる。
逆に左側は現在値と呼ばれ、その者の現在の強さを表したものだ。潜在値ばかりが高くても、鍛錬を積まなければ現在値は伸びない。つまり、努力なくして強くはなれない。
(HPとMPは別)
やっぱり弱い。それが相変わらずの第一印象だ。
さて、少しだけ時間が経つと、ホムンクルスもステータスの表示が済んだようだ。
「これは······?!」
受付嬢が驚愕の声をあげる。慌てて視線を向かわせると······。
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