第3話 契約

王都を外部から守る壁は、さながら城壁のようにそびえ立っている。それゆえ地上には大きく黒が濃い日陰が出来てしまうのだが。


そこに隠れるように倒れている少女を見て、


何だこいつ?


まずそう思った。


ボロ布しか纏っていないため、艶めかしい体は惜しげ無くさらされている。見つけたのが俺じゃなければ、一瞬で襲われててもおかしくはないだろう。


体は発達している訳ではないようだ。あくまで容姿からの推測だが、年は13〜15歳程か?胸もそんなに大きくないし、体の凹凸もはっきりしていない。二次性徴に入ってそんなに経っていないといった印象だ。だが、容姿は相当整っている。


正直、化粧ガツガツでケバッケバしい貴族令嬢よりはよっぽど可愛いだろう。土に汚れて尚目を引く銀色の髪の毛は、何となく手櫛を通したくなってくるし、あどけなさを残す目鼻立ちからは庇護欲を駆り立てられる。なんというか、守りたくなってくる。が、俺じゃあなあ?


声を掛けるか。いや、厄介ごとの臭いがプンプンする。

もしかして誰かの愛玩奴隷か?


もし誰かの奴隷だとすれば、俺が勝手に連れ出してしまうだけで犯罪だ。こんな歳で前科持ちは困るぞ。


いや、その可能性は薄いか。


王都の表通りは、昼夜問わず最低でも数百人は人がいる。この見た目であそこを通れば、絶対に騒動になるはずだ。昨日今日で、そういう事があったという話は聞かない。


それに、たとえ裏道を使っても結局は表通りに出るし、そうしなければ外には出れない。


なら、逆に外からここまで来たのか?


もしそうなら、誰かから逃げてきたんじゃねえのか?それとも、家が貧乏すぎて出稼ぎに来たとか?


うーん、どういうことだ。


「ま、帰るか」


色々と考えた結果、見なかったことにする。


確かに見た目は可愛い。だが、そんな理由でこいつに手を差し出したら、何が起こるか分かったもんじゃない。欲情して己の未来にリスクを掛けるほど、俺は馬鹿じゃない。


だが踵を返した瞬間、後ろからうめき声が聞こえた。


「ぅ、ぅぁぁあっ。ぁあ!」


それは、聞くだけで耳目が惹きつけられるような声だった。だが同時に、とても苦しそうなものでもあった。人間は本当に苦しいときは、"痛い"とも言えずに只悶える生き物だ。そして今後ろから聞こえてくる声は、そういった類の声だ。


最悪だ。


流石にこれを無視しろって?無理だよ。俺はそこまで腐っちゃいない。


「おい、どうした?」


取り敢えず駆け寄り、声を掛けてみる。だが少女は目を開けるどころか、さらに苦しそうに喘ぎ始めた。


「ぐ、ぁあっ!!んぁぁあ、ぅぅあ!!」


これ、かなりやばくねぇ?もしベッドの上でこんな声あげられたら、即前傾姿勢確定なんだけど。もう、野獣開放だぞ?もれなく男子は前傾ゴリラだぞ?


が、そんな悠長なこと言ってる場合ではないようだった。少女は苦しみながら、何と血反吐を吐いたのだ。


「っつ!?おい、まじでどうしたよ?!」


慌てて抱き起こす。少女の体は酷く冷たかった。


「これ、死ぬとかないよな?どうすんだよ?!」


取り敢えずポーチの中から回復薬と魔力回復薬を取り出す。どちらも低級のショボいものだが、無いよりはマシだと思って口に運んでやった。


「んく、ん」


苦しんでいるが、意識はあるようだ。少女は口元の異物に一瞬戸惑うように眉をひそめたが、すぐに服用した。


あーあ、俺の回復薬が。これ買うのに俺の働きぶりだと、一週間は掛かるんだけど。


どうせお礼もしてもらえないのに、もったいないことしたな。ま、いいか。可愛いし。


「死んでないか?」


「う······ん」


回復薬を飲んだら、少しだけ楽になったようだ。少女は苦悶の表情を浮かべながらも、なんとか頷いてみせた。


回復薬で症状が良くなるなんて、怪我でも負ってたのか?外傷は無かったから、内蔵がやられてた?


いや、もしかしたら魔力枯渇してたのかも知れない。魔力回復薬だって飲ませたんだから。


いまとなっては分からないか。


「生きてろよ?死人の介抱なんてしねぇからな」


「だい、じょぶ」


「じゃなさそうだから言ってるんだけど。もし死んだら無視して帰るから。あ、でも回復薬とかで、俺の仕事二週間分の金を吸い上げたんだ。死ぬ前に俺に貢献しろ」


「だから、平気だって······」


そう言うと、少女は面白そうに笑った。


「何が面白いんだよ」


「お部屋にあった本だと···女の子を助ける人は、良い人ばかりだから」


「あんなのフィクションだろ。てか、喋んな。死ぬかもしれないだろ」


「平気。後二日は···死なないよ」


やけに回復が早いな。

さっきまでは血反吐はいてたのに、もうピンピンしてやがる。


「何であと二日って分かる?」


「分からないけど、分かる」


「まるでホムンクルスだな」


もしそうならそんなの、錬金術の禁忌中の禁忌じゃねーか。


ホムンクルスの作り方自体はわりと有名らしい。何百年も前の大戦では魔力と寿命を供給する道具として作られていたらしく、長寿な種族がその製造法を覚えているからだ。


まさか、誰かが作った?こいつは搾り取られて死ぬ前に、逃げ出してきたのか?


流石に違うか。


いや、回復薬は違うとしても、どうして魔力回復薬を服用して急に回復した?あの速度は流石に違和感を感じる。魔力が枯渇するまで吸われてたんじゃねーのか?


思ったままに疑問を投げ掛けてみると、少女は頷いた。


「まじかよ。お前、ホムンクルスか。あと二日ってことは、契約しないと死ぬんだよな?」


「···そうです」


「まじかよ。ああもう!!」


何だってんだよ。こういう時に無視できない性格、どうにかなんないかな?


「だったら、俺と契約しろ。さっきの回復薬の弁償も兼ねてんだ。拒否権ないから」


こうして、俺はホムンクルスの少女と契約を交わした。

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