第2話 何かいるし
「こちらがクエスト達成報酬になります」
ギルド受付嬢がカウンター越しに僅かな銅貨を渡してきた。それをひったくるように受け取り、お礼の一つも言わずに外に出る。
外に出て冷たい空気を吸うと、荒んだ心が少しばかり落ち着くようだ。深呼吸をした後に受け取った銅貨の確認をしてみると、全部で8枚しかなかった。
······何もかも、薬草採集の時に出現したコボルトのせいだ。
何気ない薬草採集の途中に、コボルトが現れたのだ。一体なら俺でも倒せるから、剣を持ってこっそりと近づいていった。だが、忍び足で移動をして後ろを取ったその瞬間、脳内に声が響いた。
『剣を下ろして、見つからないように逃げる』
また忌々しいスキルか。
そう思ったが、こいつは真実しか言わない。命より大切なものはないし、命を投げ打つほど俺は絶望もしていない。だから、薬草採集を中断して帰ってきた。
あれがどんなコボルトなのかは分からない。俺が不意打ちをして逆に殺されるのなら、普通の個体ではないんだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
「こんな金じゃ、酒も飲めないだろーが」
苛立ちを誤魔化すように小石を蹴ると、老婆の足に直撃した。石をぶつけられた老婆は、俺を見て顔をしかめる。
「なんだよ?」
少し睨み返せば、老婆はそそくさとどこかへ行ってしまった。けっ、何だってんだよ。こっちは今日酒も飲めないってのに。
酒場に寄らないんなら、近道でもするか?
そう思って裏道を進み、宿に向かった。
宿に戻ると、見慣れた冒険者が食堂にいることを確認する。最近知り合ったばかりで、この間一緒にクエストを受けたやつだ。ガサツだが面倒見が良かったと記憶している。
俺はそいつの隣まで移動して、席についた。
「おー、誰かと思えばシオンじゃねーか。急に座ってくるんなら、美女にしてくれ。チェンジだチェンジ」
「開口一番えげつなさ過ぎんだろ」
顔は赤く、吐息が酒臭い。きっと俺が帰ってくるより前からずっと飲んでいたんだろう。だが、酒の臭いには慣れてしまったし、俺だってこれくらい飲むときもある。
「おーい、もう一個酒くれ!」
いやいや、それにしても飲みすぎじゃね?流石にこれは。そいつの机には、すでに空の酒瓶が4つ転がっていた。
そう思って白い目を向けていると、知り合いは届いた酒を俺に寄こした。
「何だよ?くれるのか?」
「一人で飲むのはつまんねーんだよ。その代わり、今度何か奢れよ?」
「分かったよ。金があったらな」
渡された酒をちびちびと飲みながら、まず互いの進捗や危ない魔物についての情報交換をしていく。薬草採集だって安全じゃないからだ。
それを終えると、酒が回ってきて口が軽くなったこともあり、くだらない話題へと変わっていく。あの女冒険者のケツがでかいやら、おっぱいがでかいやら、そんな下品な会話だ。
普通の冒険者同士の会話なら、ここで娼婦とかの話もあるんだろう。だが、俺は年齢的に入れないから、話しようがない。
やがて話すことが無くなると、俺はセリアとの昔話を始めた。俺は酒に弱いから、酔い始めるとすぐこうなる。
辺境にいた頃の話や、こっちに来たばかりの話。それらの記憶は鮮明で、夜逃げされてから何ヶ月もたった今でさえ色褪せることはない。
知り合いも聞くのは初めてじゃないのだが、何が面白いのか黙って聞いてくれている。ただ俺が誰かに聞いてもらいたい、気を紛らわしたいだけなのにだ。
だが不思議なもので、こんな話をするだけで人が集まってくる。気づけば、食堂にいた冒険者やその他の人たちが皆、俺の方に耳を傾けていた。哀れんでくれるやつがいれば、笑うやつもいる。涙を流して同情してくれるやつまでいる。
セリアがこの話を聞いたら、なんて思うんだろう?いや、もう関係ないことか。
そうこうしているうちに、夜はふけていく。
次の日もギルドに向かって、薬草採集のクエストを受注する。
半年以上生きるためにこなしてきたクエストだ。受付嬢も承認手続きを終えるのが早い。慣れているんだろう。
俺は許可が降りたことだけを確認すると、クエストを達成するために王都の外へと向かった。
その帰りだった。俺の腐ったような生活を変える、運命の出会いがあったのは。
王都を取り囲む巨大な壁。魔物の侵入を防ぐためのそれは、高く長い。それ故日陰になっている所が多く、そういった場所は遠くからだとなかなか見にくい。
俺がそんな日陰に目を向けたのは、ほんの気まぐれだったのかもしれないし、何かを感じたからかもしれない。
只暗闇の中に小さな違和感を覚えて近付いてみると、ボロ布を纏っただけの少女が倒れていた。
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