第38話
* * *
林間学校での奉仕活動が終わり。
自宅に荷物を持ち帰ると言う志穂と一也は一度駅で別れる事となった。
その後、幼児の身長くらいの大きさの荷物を手に一也は家路に着く。
玄関の扉を開けた直後、目の前に狐鈴が待ってましたと言わんばかりの勢いでパタパタと走ってくる。
「おかえりなさいなのじゃ! おぉ~! なんじゃその大きな荷物は、もしかしてそれがおみあげというやつなのか? 主様!」
一也の両手に持っていたその包み紙を見て、狐鈴は瞳をキラキラ輝かせながら歓喜の声を上げる。
「バカ、これは預かりもんだ。志穂が自分じゃ持っていけないから俺ん家で預かっててくれとよ」
おそらく、今置けば狐鈴はあっという間にこの包み紙を破り捨ててしまうと感じた一也は、そう咄嗟に嘘を吐くとそれを自分の部屋へと運んだ。
もちろん、その包み紙の中身はお稲荷キツネなのだが、志穂がサプライズにした方が狐鈴が喜ぶと、その事は自分が行くまで秘密にしろとの無茶な要望を一也に押し付けたのだ。
狐鈴はピンと立っていたしっぽをダランと垂らすと「そうか……」っと残念そうに項垂れた。
だが、そんな狐鈴に一也がバッグの中からチョコレートを取り出し狐鈴に差し出す。
狐鈴はそれを受け取ると、嬉しそうにリビングの方に走っていった。
そんな狐鈴を見て一也は呆れながらも優しい眼差しを向ける。
それから数時間して志穂が一也のマンションへとやって来た。
その手には何やら荷物が握られている。
「どうしたんだ? そんなに荷物抱えて」
「うん。ちょっと狐鈴ちゃんにプレゼントをね!」
「ほう、プレゼントねぇー。まあ、いいや入れよ」
玄関先で話していた一也は志穂を家へと招き入れる。
志穂は一也から狐鈴がリビングに居ると聞かされると、上機嫌でリビングへと駆けていく。
リビングでは狐鈴が難しい顔をしながら妖怪図鑑を見つめている。
そのページには九尾の狐が載っていた。
志穂はそんな狐鈴にそっと声を掛ける。
「狐鈴ちゃん何見てるの?」
「おぉ、お主か、これを見るのじゃ!」
狐鈴はその大きな図鑑を両手で持って広げると、志穂の方へ突き出した。
志穂はきょとんとしながら首を傾げる。
その反応が気に食わなかったのか、狐鈴が声を荒げてその図鑑を力強くテーブルに置いて一点を指差す。
そこには――。
【九尾の狐は人を喰らう悪い妖怪で、度々人界に現れては悪さを繰り返す悪い妖怪だ!】
っとご丁寧にビックリマークまでついて説明されていた。
狐鈴は真剣な顔をしてその記述に反論する。
「妾等九尾の一族が悪さをしたことなど一度もないのじゃ! 古くから悪い人間を喰らい。災いを沈める為に良く天界から遣わされておったのは事実じゃ……。じゃがこれはなんじゃ! 妾等は妖怪ではない神獣じゃ! 良い事をしておるのにこんな言われようは……あんまりではないかッ!!」
瞳に涙を浮かべながら必死に志穂に訴える狐鈴を見て。
志穂は表情を綻ばせながら子供をあやすように狐鈴の頭を優しく撫でている。
おそらく、志穂の可愛い物を放って置けないという心境と面倒見の良さが今のこの状況を生み出しているのだろう。
そこに一也が大きな包み紙を両手で持って入ってくる。
「一也、ちょうど良かった! 狐鈴ちゃんにプレゼントがあるんだよ~?」
「プレゼ……なんなのじゃそれは?」
志穂は首を傾げながら聞き返している狐鈴の顔を微笑みながら覗き込む。
その後、手招きする志穂に一也は包み紙を渡した。
志穂はその包み紙をテーブルの上に置く。
狐鈴が不思議そうに首を傾げながら尋ねた。
「なんじゃ? どうして主様がこれを持って来たのじゃ? これは他の者へのおみあげではないのか? どうしてここに置くのじゃ?」
頭の上に【?】を大量に浮かべたまま狐鈴が尋ねる。
「どうしてって、これは狐鈴ちゃんに私が渡したくて一也に預かってもらってたんだよ?」
「……ならこれを妾が開けても良いのか?」
そう呟いて疑惑の瞳で志穂と一也の顔を交互に見つめる狐鈴。
そんな狐鈴に志穂は笑顔で「どうぞ」っと告げる。
狐鈴は不審に思いながらも、ゆっくりとその包み紙を開ける。
その包み紙を開けた狐鈴は歓喜の声を上げた。
「おぉ~、これは素晴らしいのじゃ!」
その包み紙の中の大きなお稲荷キツネを抱き締めると、嬉しそうに飛び跳ねている。
そんな狐鈴を見て2人は嬉しそうに顔を見合った。
こんなにも喜んでくれれば、買ってきた甲斐があったというものだ。
やはり、志穂の言う通りにして良かったと再確認していた一也に向かって、志穂が耳打ちする。
「こんなに喜んでくれるなら、サプライズにして良かったね!」
「ああ、そうだな。こんなに喜んでいる狐鈴は久しぶりだ!」
そう呟くと微笑む志穂の横顔を見つめながら、まったく同じ考えだった事を知ってついつい顔が綻ぶ。
志穂はそこで立ち上がるとキッチンに向かった。
その後、夕食を食べ終えた狐鈴と一也が、ソファーに座りながらテレビを見ていた。
もちろん狐鈴の腕にはお稲荷キツネのぬいぐるみがしっかりと握られている。
「――狐鈴ちゃん、実はね。もう1つプレゼントがあるんだよ~」
そんな狐鈴の耳元で背後からささくように志穂が袋を取り出す。
志穂が得意気に狐鈴の前に突き出したのはスマホだった。だが、狐鈴はそれを見て首を傾げている。
「……あっ、あれ?」
その反応が予想外だったのか、志穂が慌てながら説明を始めた。
「ほら、いつでも連絡取れないと大変でしょ? それにこれがあれば、一也といつでも会話が出来るんだよ?」
「ん? 別に今も話しておるぞ?」
「だから、違うの~!」
志穂はそう叫ぶと天を仰いだ。
そんな2人の会話を呆れ顔で聞いていた一也が志穂に助け舟を出す。
「いつでもって言うのは、いつどこに居てもって事だ。昨日みたいに距離が離れていてもすぐに会話が出来る」
「ほおぉ~。本当か主様! っということは、テレパシーということじゃなッ!!」
「あ、ああ……」
こいつテレパシーなんて言葉どこで覚えたんだ?
前のめりになってそう尋ねる狐鈴に、一也が答えた。
すると、志穂の手からスマホを取り上げ、それをまじまじと見つめると、いつも一也がやっているように画面を人差し指で叩く。
しかし、電源の入って居ない為、反応するはずがない――。
しばらくその電源の入っていないスマホと格闘した末に狐鈴は表情を曇らせ「壊れておるぞ」っとソファーに投げ捨てた。
志穂は無残に投げ捨てられたスマホを拾うと、狐鈴を膝に乗せて操作方法を説明し始めた。
その時に一度だけ、設定する為に初期の8桁の英数字のIDと任意のパスワードを入力していたのだ。
その後は、志穂は狐鈴にまるで着せ替え人形のように持ってきた服を着せて遊んでいたのだが……その問題は今の状況の一也には関係はない。
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