第35話

 だが、少なくとも一也と出会った時の狐鈴はすでに人の姿を模していたし。その後、夢か現実か曖昧だが天界らしき場所に行き神と接触した記憶も一也にはある。


 仮に各式神に1人のパートナーが居るとして、鬼神は悪人の成れの果ての悪鬼を倒すという目的で神の力を託したのであれば、鬼神同士が争うことは神々にしても都合が悪いはず。


 自らが生み出した存在が本来の目的意外の行動に走れば、それは暴走と言える。ならば、式神はそれを止める為の存在――いや、それも全てが統一されているわけではなく、知識も性格も様々だ。


 なぜ、神は接触した時に他の鬼神の存在を話さないのか……その理由が一也には皆目検討もつかない。


 しかし、そんなことよりも今、目の前で起きている問題に目を瞑るわけにもいかない。


 一也は徐ろに立ち上がると、狐鈴から刀を受け取った。


「おい! どうした? 戦わねぇーのかよ。威勢が良いのは口だけか?」


 一也はそう言い放ち倒れている少年に刀を向ける。

 その直後、少年の手がピクリと動きのっそりと身を起こした。


「なに……言ってんだ? まだまだこれからだぜ!」


 自分の横に転がっていた槍を杖代わりに立ち上がると、その槍を一也に向けた。

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ合う2人。


 一也達の上を電車が通った瞬間、2人同時に動いたお互いの得物を突き出し、その刃が当たって火花を散らしながら交差するように場所を入れ替わる。


 狐鈴と猫耳の女の子もてくてくとその場から少し離れて、2人の戦いの行方を見守る。


「お前、中々良い踏み込みするじゃねぇーか!」

「あんたも長物相手に良い反応するじゃんか!」


 2人は互いに褒め合うと、再び地面を蹴って互いに得物を振り下ろす。

 空中で数回打ち合った後に砂埃を上げながら着地する。


「ははっ! いや、やっぱりゲームと違って実際にやる戦闘は楽しいぜ。やっぱりよー!」


 少年は笑みを見せると被っていた帽子を投げ捨て、持っていた槍を頭上で数回振り回してその刃先を一也に向けた。      


 それに対して一也は冷めたような瞳を少年に向ける。


「――いや、本来の戦闘はこんなの楽しいもんじゃねぇー。人は出来れば争わないのが一番なんだよ……」


 一也はそう言うと、上段で構えていた刀を下ろした。


「話し合っても決着がつかないから戦うんだ。でもな、それはどちらが強いかはっきりさせ、話し合いの場を設けるためだ――決して相手を殺すためじゃねぇー」

「なに言ってんだ? お前頭大丈夫か……?」


 少年は首を傾げるようにして言った。

 一也はそんな彼に更に言葉を続ける。


「戦いが楽しいなんて言うのは本当の戦いをしたことねぇーからだ――本当の戦いはな、守る奴が居て始めて見える無我の境地ってやつなんだよ!」

「……? 無我の境地ってのは何も考えない状態の事だろ? それが真実だって言うなら……矛盾してるぜ。今あんたの言ってる事はよ!」


 少年はそう言い放つと一也を見て笑う。

 そんな少年を見て一也は不敵な笑みを浮かべた。


「そう思うか? ならお前はまだ鬼神にはなりきれてないな……。お前は妹達を助けたくねぇーのかよ!」


 そう言い放つと少年の顔つきが変わる。


 目を細めている一也に少年は憤るように声を上げた。


「助けたいに決まってんだろうがよ!」

「……なら、お前に無我の境地ってのを見せてやるよ……」 


 そう少年を鋭い眼光で見据えると一也が低く呟いた。

 その直後、一也が少年に向かって一直線に飛び込む。


 少年は笑い声を上げると「長物相手に正面から来るとはな!」っと呟き槍を突き出す。


 一也はその槍を左手で掴むと、右手の刀を少年の顔目掛けて振り抜いた。

 少年は咄嗟に屈んでその刀をかわすと、資材が置いてある場所に向かって飛び込んだ。


「武器は一本じゃないぜ!」


 口元に笑みを浮かべ、少年はその鉄パイプを両手に握る。

 すると、直ぐ様槍の姿に変わった鉄パイプを一也目掛けて投げる。


 一也は無言のまま体を少し傾け、的確に槍をやり過ごすと、再び少年目掛けて突っ込む。


「また突進!? バカの1つ覚えじゃあるまいしッ!!」


 少年は今度は連続して向かってくる一也目掛けて槍を投げる。


 一也はその槍を巧みにかわしながら前進し、不意に持っていた刀を投げた。

 少年は自分の顔に向かって飛んでくるその刀を紙一重でかわす。


 その刀は高架橋のコンクリートの壁に突き刺さり止まる。

 一瞬冷やっとした少年がほっとしたのか、瞬きして瞼を開いた時には、目の前から突進してきたはずの一也の姿はすでにそこには無かった。


 少年が必死に目を凝らし一也の姿を探した刹那、一也が再び視界に飛び込んできた。


「――なっ!?」

「……遅せぇーよ」


 その声と同時に一也の右肘が少年のみぞおちに入り、勢い良く吹き飛ばされた。


 そのままコンクリートの壁に体を強く叩きつけられ、再び前を向いた時には一也に頭を押さえつけられ、月の光を浴びて不気味に黒い輝く刀の刃が首元に突き付けられていた。


 少年が額から汗を流しながら「参った」っと口にすると、一也が耳元で低い声で告げる。


「いいか? これが無我の境地だ。お前は言葉の意味にとらわれ過ぎなんだよ……」

「な、なにぃ?」


 驚きを隠せないといった感じの少年に一也が更に言葉を付け加える。


「無我って言うのは別に何も考えないって事じゃねぇーんだ……脊髄反射を条件反射的に起こす事で咄嗟の対応を考えずに行う」

「ばかな……そんな事が出来るわけ――」

「――出来るんだよ……今俺はお前に大切な者を人質に取られたと仮定して動いた。その結果、俺の脳は人質を助けることだけに夢中の状態になる……」


 一也は顔を青ざめさせている少年に刀をチラつかせながら言った。


「戦闘に限らず――こういうのはな。場数を踏んだ方が強くて当然なんだよ。お前は楽しいと言ったな……そして俺は守るものの為に戦うしかないと言った。それは言い換えれば、俺には明確な目的があって、お前にはその目的がなかった……っということになるよな?」

「……なっ、何が言いたい」


 少年は虚勢を張るように一也を睨んだ。


「簡単に言うと、俺はその場の状況に合わせて瞬時に逆らうことなく行動した。だがお前は楽しいというその場のみの感情に流され、場の状況に適応しきれていなかった。それが結果としてこの状況になっているということだ」

「だからなんだって言うんだよ!!」


 そう叫ぶ少年に、一也は冷酷無比に告げる。


「お前では攫われた妹達を助け出すことは出来ない……」

「なっ! 言うに事欠いて偉そうに抗弁垂れるんな!」


 声を荒げた少年に対して一也もまた声を荒げる。


「ナマ言ってんじゃねぇー! もし俺がお前の立場なら救い出せる可能性の全てをかける! 例え自分が死んでもだ! 自分の格好がつかねぇーかどうとかじゃなく、今のお前がやらねぇーといけねぇーのは俺達に頭を下げてでも。一緒に妹達を助けに行ってくれるように頼む事だろうがッ!!」

「……なッ!?」


 鳩が豆鉄砲を食ったようような顔で一也を見ている少年に止めの一言を言い放つ。


「かっこつけて自分1人で助けるなんてアニメの主人公みたいなセリフ、吐いてんじゃねぇーぞコラァ!!」


 一也は少年に突き付けていた刀をコンクリートに突き刺すと、思い切り少年の胸ぐらを掴んで放り投げた。

 少年は砂埃を上げながら砂利の上を転がって止まる。

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