第13話

 待ち合わせ場所の駅前に着くと、そこには2人向かって手を振る少女の姿があった。


 茶髪のショートヘアーにサイドテール。茶色い瞳。そしてその横にいるのは緑色のロングヘアーをポニーテールに結んだ。青い瞳の少女がキャリーバッグの後ろに立っていた。

 志穂は2人を見つけるなり手を振って走り出す。


「遅れてごめんね~」

「ううん。うちらも今来たところだよ~」

「ええ、それほど待ってないので、気にしなくていいですよ。会長」


 2人はそう言って志穂に微笑み返した。


「あれ? 恵梨香、八島さん。北橋さんは?」

「ああ、玲奈ちゃんは後で車で迎えに来てくれるんだよ。それでここで待ち合わせなわけ。それより……志穂ちょっと」

「ん? なに?」


 恵梨香は志穂を側に呼ぶと、耳元でそっと尋ねる。


「どうして東郷くんがいるのよ。今日は生徒会でって話だったじゃん!」

「……でも、女子だけだと不安だし。男手が必要になるかもでしょ? それに男の子の気持ちは男の子が一番分かるでしょ?」

「そ、そうだけど……」


 恵梨香と志穂は一瞬だけ一也を横目で見ると、再びひそひそ話を始める。


「それに。一也には無理してきてもらったから、恵梨香もあまり言わないでね?」

「……まあ、志穂がそう言うならうちは良いけど……」

「うん! お願いね!」


 志穂にそう言われて渋々頷いた恵梨香に微笑むと、志穂が一也の元へと戻っていく。


「もう。志穂は中学の時から東郷くんの事ばっかりなんだから……」


 そんな志穂の後ろ姿を見ながら恵梨香が不満そうに呟いた。

 一也は隣に戻ってきた志穂にそっと尋ねた。


「なんか揉めてたみたいだけど大丈夫なのか? というか、お前。俺が行くって話してないのかよ」

「えっ? 話してないけど……?」


 一也の言葉を聞いて不思議そうに首を傾げている志穂を見て頭を抑えた。

 そんな一也の様子を見て志穂が口を開いた。


「大丈夫だよ! だって女子4人より。男の子が居た方が何かと便利だし!」

「便利って……お前。俺に頼る気満々じゃねぇーか……帰る!」


 そう呟いて来た道を戻ろうとする一也を志穂が慌てて止めた。


「ま、待ってよ! 一也は幼馴染が困ってるのにそれを置いて行くっていうの!?」


 志穂は一也の手を必死に掴みながら上目遣いにそう訴え掛けた。

 一也はその潤んだ瞳を見て大きなため息をついて呟く。


「はぁ~。今回だけだぞ?」

「うん! ありがとう!」

「うわっ! 抱きつくなよ!」

「ちょっと! なにやってるのよ!!」


 志穂は嬉しさのあまり。一也に抱きつくと、それを見ていた恵梨香が声を上げて、強引に2人を引き離した。


 きょとんとしている2人に恵梨香が叫んだ。


「幼馴染だかなんだか知らないけど、そういう行動は慎みなさいよ!」

「わ、悪い……」

「恵梨香。どうしてだめなの?」


 すぐに謝った一也とは対照的に志穂が不満そうな声を上げる。

 すると、更に大きな声で恵梨香が叫んだ。


「だめに決まってるでしょ!? 志穂は知らないかもしれないけど、男は皆危険なんだよ? いくら幼馴染とはいえ、東郷くんは男! もし気持ちが高ぶったら、なにされるか分からないんだよ!?」

「恵梨香。一也はそんな事しないよ?」

「それが甘いって言ってるの! とにかく、東郷くんは志穂から1m以上離れて!」


 恵梨香は志穂の体を自分の方に引き寄せると、一也に指差して告げる。


 一也は面倒くさそうに「分かったよ」っと頷くと、数歩後ろに下がる。

 志穂は残念そうに俯くと、小さくため息をついた。

 そんな3人を尻目に緑髪の少女は本を片手に、何事も無いかのように読書をしている。


 そうこうしていると、急に車のクラクションが鳴った。

 その場に居た全員がその方を一斉に向くと、そこには巨大なトレーラーが停まっていた。


 その窓から長い黒髪をなびかせながら少女が顔を出して軽く手を振っている。


「皆さん、こっちですわ~」

「わぁ~。すごい車だね! 北橋さん!」

「ええ、日本は道が狭くてここまで来るのが大変でしたわ。さあ、皆さん乗ってください」


 北橋はそう言って手招きすると、その言葉に従うように各々が荷物を持ってその巨大なトレーラーの居住スペースに乗車した。


 トレーラーの中は高級感漂う作りになっていて、テーブルに革製のソファーのような椅子、大型のテレビや冷蔵庫、上部の方はカーテンが掛かっており、その奥には休息を取れるスペースまで管理されている。


「中は見た目以上に凄いね。一也」

「ああ、俺の家にもこんなもんねぇー。というか、この狭い日本でこんなもん持ってるやついんのか? 居たとしてもなにもんだよ……」


 一也は志穂の耳元で尋ねた。


「ああ、北橋さんの両親は海外で映画に出てるんだよ。確か、お母さんが日本人でお父さんがイギリス人だったかな? 日本の文化をもっと知りたくて北橋さんだけ日本に移住したんだって!」

「なるほどな……通りでこんなデカ物……いや、珍しい車を担ぎ出してくるわけだ」

 一也が少し呆れ顔をしながら呟いた。

 その直後、志穂の口から更に驚愕の事実を聞かされる。


「北橋さんのお母さんは一也のお母さんの幼馴染なんだよ? 知らないの?」

「……な、なにッ!? って事は家の親父とも幼馴染って事なのかッ!?」


 一也が驚きのあまり、志穂の顔をまじまじと見る。


「う、うん。だと、思うけど……って一也、顔近いよ~」


 志穂は頬を赤く染めると、思わず顔を逸らしながら言った。

 そんな志穂と一也の間に恵梨香が割って入る。


「そこまで! ほら、また2人して……。東郷くん離れなさいよ!」


 恵梨香は強引に一也の体を引き離すと、志穂の前に立ちはだかって鋭く睨みを利かせる。


 そんな恵梨香に一也がバツが悪そうに頭を掻いていると、そこに長い黒髪の青い瞳の少女が現れた。


「おはようございます。あなたが一也さんですね。お話は母から聞いておりますわ。わたくし北橋 玲奈ともうします。玲奈とお呼びください」


 玲奈はそう言って自己紹介をすると、会釈をしてにっこりと微笑んだ。


「ああ、どうも……東郷 一也です」


 一也は生返事をすると、その美しい姿に目を奪われる。

 それもそのはずだ。一也の目の前にいる少女に亡くなった母親の面影を見たからだ――。


 ぼーっとしたまま玲奈の顔を見つめている一也の顔の前に、玲奈の顔が飛び込んできた。    

 玲奈は心配そうに一也の頬に手を当て、声を掛ける。


「どうかなさいましたか? 一也さん。顔色が優れませんわ……」

「い、いや。なんでもない! それより。早く出発しないといけないんじゃないのか?」

「そうですわね。運転手さん。お願いします」


 一也は目を泳がせながらそう告げると、玲奈も思い出したように頷いて、運転手に車を出すようにと指示を出した。


「さあ、一也さん。私の隣に――話したいことや聞きたいことがたくさんありますので……」

「……あ、ああ」


 一也は玲奈に言われるがままに椅子に腰掛ける。

 その向かい側に座った志穂が一也に対して、鋭い視線を向ける。


 一也はその刺すような視線から逃れるように顔を逸らすと、その先には玲奈の顔があった。


 玲奈は満面の笑みを見せると、更に一也の方へと距離を詰めてくる。その距離は一也の腕が玲奈の豊満な胸に当たる程だった。

 それを見てさすがの志穂が立ち上がり声を上げた。


「ちょ、ちょっと北橋さん! 一也にくっつき過ぎだと思うの! もうちょっと離れ――きゃっ!」


 その瞬間車内が揺れて、志穂がバランスを崩す。

 

「ほら、立つと危ないよ志穂!」

「恵梨香……ありがとう」

「うん。でも良いんじゃない? これから奉仕活動するんだし。お互いの事は知っておいたほうが良いと私は思うなぁ~」


 恵梨香はそういうと、志穂の腕を引いて強引に椅子に着かせる。


「ちょっと恵梨香~」

「良いじゃん、良いじゃん。志穂には私が居るんだし! 目的地に着くまでお話しよっ!」

「うぅ……でもぉ~」

「それとも、志穂は私が嫌い?」


 恵梨香は潤んだ瞳を志穂に向けた。

 志穂はその顔を見て小さくため息をつくと「わかった」っと呟いて仕方なく頷く。


 一也は胸の鼓動が高鳴るのを感じていると、玲奈が耳元でささやくように言った。


「本当はもっと早くお話したかったのですが、何時行っても教室にはおられませんでしたので……もっと早くに謝らなければいけないと思ってたのですが……」

「……謝らないといけないこと?」


 一也はその言葉を聞いて首を傾げた。


「お母様は映画の撮影のせいで、一也さんのお母様のお葬式に参加出来なかった事を、今も悔いておられます。ですから、出来れば今日は一也さんのお母様がどんな方だったのかたくさん教えて頂けると嬉しいですわ。もちろん一也さんがよければですけど……」


 玲奈は一也の顔色を窺うように聞いた。

 その表情はどこか覚悟しているようにも見える。


 おそらく、一也が玲奈の母親を恨んでいると彼女は思っていたのであろう。更に彼女の容姿は亡くなった一也の母親に酷似している事も原因と言えた。

 一也は微かに微笑むと徐ろに口を開く。


「大丈夫だよ。俺は人は誰も憎んでいない。

よくうちの親父も言ってるけど『人は生まれたら必ずしも死ぬという宿命の中で生きている』ってさ。俺もそう思うし、俺のおふくろもそうだったんだと思ってる。それに俺がおふくろの幼馴染を恨んだら、俺が死んでからおふくろにこっ酷く叱られるよ……」


 一也はそう言って瞼を閉じると、玲奈に向かって優しい声で言った。


「――だから、君や君のお母さんが気に病むことじゃない。君の姿を見た時、君の事を俺のおふくろに似てると感じた……。それは君のお母さんが俺のおふくろをそれだけ思ってくれているからだろ?」

「……はい。お母様は私が咲さんのようになるようにと……」


 玲奈は表情を曇らせながらそう告げた。

 一也はそんな彼女の表情を見て言った。


「玲奈。俺のおふくろとお前の母親が幼馴染だったんなら、俺と玲奈も幼馴染みたいなものだろ? だから、そんな顔すんなよ。俺まで気持ちが沈んでくる」

「一也さん……一也さんは優しいんですね。これからも私と仲良くして頂けますか?」

「おう! もちろんだ! それで俺のおふくろの話ってどんな話が聞きたいんだ?」


 一也のその言葉を聞いて玲奈は笑顔を見せると、積極的に話をしてきた。


「それでは一也さんが幼かった頃の話を聞かせてください!」

「ああ、分かった!」


 一也は頷くと、母親と旅行に行った時のことや、普段の母親の様子などを話した。玲奈もその話を熱心に聞いている。


「……幼馴染は私なのに……一也のバカ」


 そんな2人の様子を横目で見ながら、志穂が小さく呟いた。

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