第3話 家に帰るまでがデスゲームですよ。

  ※お詫びと報告※

  諸事情により、第一話を一部修正しています。三話投稿前から続けて読んでくださっている方は、できれば第一話を再読して頂けると有り難いです。

  ※お詫びと報告※


「さて、ゲーム続行だ。」


 ゲーム。これは本当にゲームなのか? 俺達は体よく見世物にされてるだけじゃないのか? そんな事を考えても、この場をどうにかできる訳じゃないのはわかっているが――


「チャレンジャーが退場した場合、銃の状態はそのままで次のチャレンジャーに移る。3番、さっさと銃を取れ」


 3番――花売りは、そう促されて机を見る。小さな、粗末な机の上には、赤服が拾ってきて置いた銃がある。誰だって普通ならこんなもの取りたくはないが、取らなければ反則負けだ。俺はそう思う、が、こいつはどうか。いったいどんな思いで、どんな顔をしてこの銃を手にするのか。役割だ何だと出てきた後だ、こいつが最初に提案した方法も、残った5人で続けられるかどうかわからない。事実、俺は次の手番はこの方法を破ってでもこの花売りを殺さなければゲームの結果に関わらず5000万Sの罰金を支払う事になる。他の連中にも、もしかすると花売りにも何かあるかもしれない。そんな中で、果たしてこいつは自分が銃を持った時にどんな顔を見せて何を言うのだろうか。そんな事を考えていると、花売りは銃をそっと取り――深く息を吸い込んで、俺達に話し始めた。


「……皆さん。脱落した5人は残念でした、けど、ここで疑心暗鬼を生み、ゲームを思惑通り進めてしまっては運営の思う壺です。要は生き残りさえすれば、私達はゲーム結果の賞金と祝儀の500万、そしてトップは5000万を獲得できます。もし私がトップになったら、ここに居る5人で1000万ずつ分けましょう。口約束にはなりますが……ともかく、ここで感情や疑念に振り回されるのが一番いけません。今までのでわかったでしょう? このゲームはゲームとして破綻していて、たんに私達が狼狽え、自滅し、数を減らしていくのを見て楽しむだけの見世物です。……だから私は、どうなってもこのまま即終了を貫きます」


 それだけ言って、銃を置く。言っている内容はいかにもまともで純真だが、俺にはこいつが狂人に――いや、少なくとも常人ではないように見えた。本来なら、問題は山積みの筈だ。本気で皆が助かる道を探すなら、もっとすべき事、考える事がある筈なのに、こいつはまるで俺達の思考を奪っているだけのように見える。もしかすると俺も、こんな役割さえ無ければこのままこの話に乗っていたのかもしれない。


 何にせよこれでチャレンジャーの花売りは-200万、ターゲットのチャイナは+500万。俺にとってはもはやこんな数字はどうでもいいが、かくして一周目は終了した。残った中では俺だけが唯一-200万の負債がある状態だが、これもまた俺にとってはどうでもいい。俺がこのゲームで勝てるかどうかは、あの花売りを殺せるかどうかにかかっている。


 最初のルール説明どおり、ここで一時休憩となった。が、特にお達しがある訳でもなく、誰かが何かを喋る訳でもなく、そもそもこの場でチャレンジャーでもないのに立つ事が許されるかどうかもわからず、それをマリアに確認できる者もおらず、だいたい20分ぐらいの休憩を、お通夜の方がまだ活気があると思えるような空気で過ごした。



「はてさて、どうしようかしらねぇ……」


 次、二週目最初にチャレンジャーとなった魔女は、銃を手に取って撃鉄を起こすとそう言ってため息をつく。ターゲットは花売りだが、そちらに銃を向ける気配もない。


「……まあ、一度乗っかったんだし今更降りるのもね。ただ、もし何かの間違いで私がトップになっても、私は賞金は自分のモノにするわよ」

「いいと思います。むしろそれが当然だと思います」


 花売りの返事を聞いて、魔女はそっと机に銃を置いた。次のチャレンジャーにはチャイナが、ターゲットには俺が選ばれた。


「あの……本当にもう誰も、さっきの着ぐるみ女みたいな役割?持ちは居ないのよね……?」


 チャイナは不安そうにしながら、他の4人を順番に見る。


「……言うわけないわね。とりあえず、もし居てもできれば私は撃たないで欲しいな……」


 そして引きつった笑いを浮かべたまま、撃鉄を起こし直してすぐ銃を置く。もはや意識もしなくなっていたが、いつもどおりドロップ失敗のアナウンスが流れてチャレンジャーが変わる。――いつも通り? そういえば、今まで6回、7回――今ので8回か。8回やってて、まだ一度も“あれ”が無い。確率的にはなくてもおかしくはないが、もし今“俺の頭によぎった事”が実際にありうるとしたら、そもそもこのゲームについて根本から考え直さないといけないんじゃないか? 何か、何かが引っかかる――


 そんな事を考えているうち、撫子のチャレンジャー手番が終わる。ターゲットは魔女だったが、正直今の俺にとってはそれはどうでもよかった。問題は次が誰の手番か、だ。こちらも偶然、ほんの小さな事ではあるが、もし俺の思った通りなら俺の考えをより強固にする、かもしれない。そう考えていると、次のチャレンジャーが決まる。――俺だ。


「……そうか」


 俺は立ち上がり、銃を取って撃鉄を起こしながら呟いた。そうか。正直まだ薄い線ではあるが、1つずつ、俺の疑念への答え合わせをしていこう。そんな事を考えながら俺は、次のターゲット――チャイナに銃を向けた。


「あの、えっと……どういう事?」

「どうもこうもない。たんに俺は降りる、そういうことだ」


 やや困惑した様子のチャイナだったが、俺が銃口を向け続けるとため息をつき、やや諦めた様子でこう言った。


「うぐ……まぁ、死なないだけいいか……セーフよ、セーフ。」

「ありがとう」


 カチリ。 引き金を引くとシリンダーが回り、何も起こらないままターゲットが交代する。次のターゲットは撫子。1つ1つの情報が、着実に俺の考えた答えへと積み重なる。


「え、っと」

「多分セーフだろ? 万が一俺の考えが間違ってて撃ち殺しちまったら嫌だから、一応答えてくれ」

「……セーフ」


 カチリ。 銃を向けてから引き金を引くまで、撫子は人形みたいに固まっていた。そして、次――


「また裏切り者ですか……」

「……ただの俺のカンなんだが、それは逆なんじゃないか?」


 花売りの言葉に、そう返す。思えば、おかしいと感じる事がいくつかあった。たとえばランダムとはいえ、9回連続で一度目にアウトが来ていないこと。そしてランダムとはいえ、2回連続でこの花売りのチャレンジャー手番が最後であること。どちらも確率を考えるとありうる事ではあるが、しかしこうも考えられる。


「お前がした即ドロップの提案だけど、何かを隠すため……例えば、俺達に引き金を引かせる回数を最小限にするため、って事はないか?」

「面白い事を考えますね?」


 花売りはやや大げさに首を傾げながら言う。確かに、言いがかりも甚だしいかもしれない。だが。


「もし俺の考えが正しいなら、お前のゴーグルの内側にはアウトと表示されてる筈だ」

「さあ、それはどうなんでしょうね?」


 思えば最初からヒントは出されていた。意図はわからないが、着ぐるみがもしその答え合わせの為の存在だとしたら、この花売りはその邪魔をする存在かもしれない。いずれにせよ、俺が出した答えはこうだ。――“アウトは必ず三発目”。


「もっと言うなら、お前も何か役割を持ってるだろう」

「さあ? 持ってたとして、そう簡単に話す事はないと思います」


 はっきり言ってしまえば、この問答にあまり意味はない。俺の取るべき行動は決まっている。ただ、俺は――もしこいつがただの人で、心から全員の勝利を願う善人だったら、きっと自分が損をしても撃たなかっただろう。だが、そうでない事はもうわかっている。こいつは死んだ2人と、巻き込まれて確実に借金を負う事になった2人と、殺して脱落になった着ぐるみをひとまとめにして“脱落した5人は残念でした”というたった一言で流した。そして、残った4人を説得する事を優先した。


「そもそもこのゲーム、全員に見えてる部分だけを考えればわざわざ即ドロップなんてしなくても人が死ぬ可能性も借金を背負う可能性も低かった。でもお前は、善人のような顔をして、わざわざ即ドロップを提案したんだ。そうする必要があったから。違うか?」

「……何が言いたい、というか、何を引き出したいんですか? 私から……」


 きっと言い訳が欲しかったんだろうと思う。これから人を撃つ為の言い訳。前世では色々と荒んだ生活を送っていたが、それでも人を殺した事は流石になかった。それが今こうして、選択を迫られている。だからきっと、少しでもこの花売りが悪人である事を願っていたんだろう。その事に気付いて、俺は一気に虚しくなった。


「わかった、もういい。どっちみちやるべき事は決まってる」

「……。」


 花売りは押し黙る。ゴーグルをつけているのも相まって、その表情からは何も読み取れなかった。そして俺は――引き金を引いた。ずしりと来る反動、そして轟音。前世で銃を撃ったことがないからわからないが、美少女にも耐えられるように抑えられているんだろうか、なんて、異様にゆっくりと過ぎるように感じる時間の中でそんな事を考えていた。


 赤い花弁が舞う。比喩ではなく、花売りの顔面から大量の赤い花弁が舞う。――綺麗だ、と思った。俺は立ち尽くしたまま、その様子を眺めていた。花売りの身体はだんだんと崩れ、崩れた部分から花弁へと変わっていく。花弁は舞い上がり、赤い部屋を更に赤く彩っていく。


 美少女だらけの豪華絢爛な部屋に舞う無数の赤い花。その中で、煙を上げる銃だけが現実的だった。俺の右手に、人を殺したという現実が重くのしかかっている。


「俺は、殺したのか――人を」

「――いいえ、それは違いますよ」


 背筋が凍った。何故なら聞こえてきた声は――花売りのものだったから。振り返ると、舞い散っていた花弁は俺の背後に集まって徐々に人の形を作っていた。


「おめでとう、ストレイ。たいへんよくできました。ねえマリア?」

「そうだな。及第点というところか」


 今ひとつ理解が追いつかない――こともなかった。流石にここまでとは思っていなかったが、少なくともこのゲームに何かしら仕組まれていた、とは考えていたからだ。そしてその場合、花売りは主催側の人間である事も想定のひとつだった。もっとも、今に至るまではただの妄想や願望に近いものだったが。


「全員か?」

「いいえ。繋がってたのは正真正銘マリアと私だけですよ」


 確かにそうらしい。残った5人のうち俺と花売り以外の3人は、困惑しながら赤服に連れられて退出していった。しかし、この花売りという表現は訂正すべきかもしれない。今目の前に居る花売り――だった女は、既に花売りの格好をしていない。


「王冠とは変な趣味してるな。ええと……」

「シトラス。シトラスと呼んでくださいな」


 シトラス。そう名乗った美少女は、王冠と黒いケープを身にまとっていた。


「わかった、シトラス。それで、このゲームは何のためにやったんだ?」

「ルーシアから依頼されまして。マリア――というのはまあ実は偽名なんですけど、彼女が本名を嫌っているのでマリアとしておきましょう。ともかく、マリアと私にあなたを見極めて欲しいと」


 ルーシア。あいつまでグルだったのか。


「脱落した奴らや死んだ奴らはどうなる?」

「彼女ら自身にとっては災難でしかありませんが、そもそも彼女らの生殺与奪の権利はオーナーにありますからね。正直言って、あなたたち“ドール”に人権は無いと思って下さい」

「……ところで、ドールとかオーナーとかって一体何なんだ?」


 俺がそう聞くと、シトラスはぎょっと目を丸くして大きく首を傾げた。王冠が落ちそうだと思ったが、落ちることはなかった。


「えっ。ルーシアさん、その辺り説明してくれてないんですか?」

「ああ。殆ど何も説明されずに今に至ってる」


 シトラスは呆れたような顔をした後、うんうんと唸りながら何度か首を傾げる。


「……オーナーが説明してない事を説明するのもなあ」

「いや……良いんじゃないか? 流石にオーナーとドールの説明ぐらいは」


 マリアが横から口を挟む。あのマリアからそんな言葉が出てくるほど、俺の状況は良くないのだろうか。


「そうですね……ドールというのは、ストレイ。あなた達の種族です。美少女として生まれ、美少女として生き、そして美少女として死んでいく。肉体は人間のそれに非常に近いのですが、ここであなたが見た2人の死に様からわかるように人間とは似て非なるものです。端的に言うなら、人造人間ですね」


 人造人間。まあ、一生美少女ならそれも悪くないかもしれない。


「そしてオーナーというのは、そんなドールを創り上げたり買い取ったりして自分の所有物として支配し、お金を稼がせる存在です。ルーシアがそうですね。こちらに関してはオーナーという種族が存在する訳ではなく、あくまで立場です。実際オーナーになれる種族は単一ではなく、ドールあがりのオーナーなんかも居たりするんですよ」

「なるほど。で、種族って他にはどういうのが居るんだ?」


 俺の質問を受けて、シトラスはまたうんうん唸りながら首を傾げはじめる。これはこいつの癖なのだろうか。


「……流石にー、これ以上私達が勝手に色々教えるのはー」

「そうだな。ストレイ、悪いがこれ以上の質問は無しだ」


 要は俺はルーシアの所有物で、恐らく今後も金を稼ぐ為にこういうゲームに参加しなければならないんだろう。


「ところで、このゲームの内容ってどのレベルで仕組まれてたんだ? そのぐらいは聞いていいだろ?」

「……そうだな。実を言うとこのゲームはまだ試作段階で、ルーシアからの頼みで特別に開催した。そこにシトラスが乗ってきた感じで……2つの役職はお前の為にあつらえた。アウトが必ず3発目なのと、シトラスが必ずその巡の最後にチャレンジャーになったのは意図的だ。他の参加者達は、まあ……殆どがいわゆる処分品だ」


 なるほど。一応の納得はできる。


「着ぐるみ女の役職は“殺人鬼”。これは誰でも良いから殺せばいいというもので、ほぼほぼお前へのヒント役だ」

「もっと言うなら、最初にギャルの口に銃を突っ込んで2回引き金を引いて3発目は外したの……あれもヒントだろ?」

「そうだな。基本的にこのゲーム自体、お前を試す為に動いていた」


 俺の頭の中に散らかっていた、色々な思考、疑念。そういうものが、収まるところに収まっていくのを感じた。

 要は徹頭徹尾騙されてたということだが、不思議と怒りは湧いてこない。


「あ、ちなみに言うと私が最初に渡した花もちょっとしたヒントになってたりしますよ。帰って余裕があったら、白い“ムシトリナデシコ”の花言葉を調べてみてください!」

「あ……お、おう。」


 シトラスが嬉々として口を挟む。正直言って花には疎いから、その辺りは全く意識していなかった。そもそも今に至るまで、花を貰ったことも忘れていた。ごめん。

 なにせそれよりも、聞いて置かなければならない事がある。


「それで、賞金はどうなる?」

「……そうだな、ゲーム中の変動をチャラにする代わりに、本来射殺が発生したら失う筈の3000万がそっくり無しの1億でどうだ?」


 1億か、確かに悪くない。生前手にしたことのない額が手に入ると聞いて俺の平坦な胸は否応なしに高鳴った――が。すぐに冷静になった、というより冷めてしまった。俺は何を勘違いしてるんだ。よくよく考えれば、これは俺にとってあまり意味のある数字ではないじゃないか。なにせ、俺が手にした金はルーシアのものになるんだ。


「……まあ、どっちみち俺の金にはならないんだろ? なら正直、いくらでも良いな」

「そうか」


 俺はついつい必要以上にそっけなく返してしまう、が、それに対するマリアの反応もまたそっけなかった。1億をどうでもいいと言われてこれとは、このマリアという幼女の総資産額が気になるところだ。そんな事を考えながら、もうこちらから言うべきことも聞くべきことも思いつかず相手の出方を待っていると、マリアがひとつため息をついた後こう切り出した。


「とりあえず、ゲームが終わった以上そろそろ貴様をルーシアの元に返さなければならん」


 そして、なにやら難しそうな顔をした。まさかとは思うが、俺の行く先を憂いてでもくれているのだろうか? ゲームが終わってからは割とフランクに話をしてくれているが、ゲーム中はとてもじゃないが人の事を心配するような心が備わっているようには見えなかったのだが。あるいは、俺の状況がそれだけ――


「ええっとー……この先色々大変だと思いますけど、生きてればそれなりに良い事もあると思うので……」


 なんということだろう。明らかに人外の二人が揃って俺を心配してくれてる、のだろうか? マリアの方はやはり読み取れないが、しかしシトラスからは明らかに同情されてしまっている。


「何なんだお前ら。ルーシアの手駒ってそんなにブラックなのか!?」


 思わずそう聞くと、二人は顔を見合わせた。マリアは相変わらず幼女のくせに難しそうな顔をしているし、シトラスはまたうんうん唸りながら首を傾げている。


「……とりあえず、シトラスの言う通りだ。この先死だけは避けろ。どうしようもなくなったら私が買い取ってやる」

「ごめんなさいね、私達にできる事っていえば本当にそれぐらいで……」


 ――何だ。なんなんだ。この二人がこんな風になる程ヤバい奴に、俺は今握られているのか。心臓を。


「何にせよ、もう時間だ。お迎えだぞ」

「へ?」


 次の瞬間、ついさっきまでなかったはずの気配が俺の背後に――しかも、密着して。抱きしめてくる。俺の身体を。そしてその冷たい手で、触れてくる。あの時みたいに。太腿。俺の太腿――正確に言うなら、俺の太腿に刻まれた、俺があいつの。ルーシアの所有物だという“証”に。


「えらい、えらい。よく頑張ったね……」


 そんな声を聞きながら、俺は――俺の意識は、闇の中に落ちていった。

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