エルフ郷 ―微笑の決意―

 同格の精霊ならば、その存在に上下は無い。

 相克関係上、術者の能力如何では優劣が付けられてしまうが、根本としては同格なのである。

 しかしそれも、例外と言うものが存在し。

 風の最上級精霊「神風の精霊オデュッセイア」の攻撃を受けても尚、死の最上級精霊である「不浄穢の精霊ヴェーレス」にはダメージを受けた様子が伺えなかったのだ。

 だがそれも、少し考えれば分かる事であり。

 精霊を呼び出すのに、本来ならば高い精霊力が必要である。

 逆を言えば、精霊力のみで呼び出せる存在である風の最上級精霊では、術者の命までも糧とする死の最上級精霊に敵わない……と言う事になるのだ。

 それを瞬時に理解したシェキーナには、術を防がれた事による動揺は無かった。

 しかし、それ以外の面での焦りは……感じ出していたのだが。


 攻撃を防がれたシェキーナが、打つ手なしとその場で立ち竦んでしまう……と言う事は無かった。


「はっ!」


 姿を表した幽鬼の聖騎士ファントム・ロードへと向けて、彼女は再び跳躍していた。

 疾風の如き動きで骸骨戦士に肉薄し、手にした「エルスの剣」を振るう。

 だがまたしても、その攻撃はファントム・ロードの手にした盾で受け止められたのだった。

 もっとも今回は、先の攻防とは訳が違う。

 初撃を防がれる事など、シェキーナにとっては既に織り込み済みであったのだ。


「はああぁぁっ!」


 彼女はその場に留まり、更に無数の斬撃を繰り出した。

 そして幽鬼の聖騎士もまた、その攻撃を迎撃する。

 凄まじい手数の攻防が空恐ろしい速さで繰り出され、シェキーナと骸骨戦士を中心に風を巻いて吹き荒れ、ただ剣戟音だけが響き渡っていた。





「す……すげぇ……」


「目にも止まらぬとは―――……」


「この事ですな―――……」


 その光景を、エルナーシャ達は目を見開いて凝視していた。

 今、幽鬼の聖騎士が彼女達に攻撃を仕掛ければ、エルナーシャ達は指一本動かす事無く全滅させられていたかもしれない。

 隙だらけ……と言えば、これ以上ないほど隙を晒していたのだった。

 しかし今回、彼女達は文字通り「蚊帳の外」であり、骸骨戦士がエルナーシャ達を目的に動き出す事は無かったのだが。





 身の毛もよだつ幽鬼の聖騎士の攻撃を、シェキーナは躱し、逸らし、受け流している。

 骸骨剣士が繰り出す斬撃、その一撃ごとが今回は彼女にとって致命となるものなのだ。

 シェキーナの集中力がこれ以上ないと言う程に高まっているのも、致し方ない事ではあった。

 そして彼女の方も、防戦一方と言う事は無かった。

 敵の繰り出す攻撃と同数に近しい斬撃を、シェキーナも打ち込んでいたのだった。

 その攻撃を幽鬼の聖騎士もまた、見事に受け止めている。

 双方が相手に決定的な攻撃を与える事は出来ず、この攻防は互角だと言って良かった。


「……何っ!」


 だからと言って、このままこの攻防が続いて行くと言う事は無い。

 盾を持ち防御にアドバンテージを持つ幽鬼の聖騎士は、シェキーナの攻撃に併せて新たな行動を取ったのだ。

 幽鬼の聖騎士が盾を持つ側の指……それが指し示した先……シェキーナの足元から、仄暗く眩い光が丁度シェキーナを取り込む事の出来る大きさで、円柱状に沸き立った。

 すぐに異変を感じたシェキーナが、それまで立っていた場所より大きく飛び退くも。

 ファントム・ロードはその指をシェキーナが降り立った先へとさらに向け、彼女もまたその場から回避する行動を取る。

 その様なやり取りが数度行われ、幽鬼の聖騎士は漸く指を向ける事を止めた。


「……腐敗の力か!」


 そして黒き光が発生した場所を見たシェキーナが、憎々し気にそう呟いた。

 黒光が発生したそれぞれの場所は、綺麗な円形状に周囲の地面とは違う色に変色していた。

 どす黒くぐずぐずに形を崩したその場所からは、えた臭いさえ発生している。

 シェキーナの見立てでそれは、大地が腐った状態だと思えており、それは正しく的を射ていたのだった。

 もしもその光をシェキーナが浴びていたのなら、彼女の肉体がその地面と同じ様になっていた事だろう。

 4大元素の最上級精霊がそうであるように、不浄穢の精霊もまた指の動きででも事象に干渉する事が出来るのであった。


「……だが……問題ない」


 それを理解した上で尚、シェキーナはそう言い切り剣を構えると、またもや幽鬼の聖騎士に向けて接近を試みた。

 ファントム・ロードはその迎撃に、またもや「腐食の邪光」を使用するも、隙も無く高速で動く彼女には当然の事ながら当たらない。

 そしてまたもや、双方は剣を交える事となった。

 今度は幽鬼の聖騎士も、様々な攻撃の変化を織り交ぜる。

 シェキーナの攻撃を盾で往なし剣で斬りつける。

 ここまでは、先程と大差のない動きだ。


「むっ!」


 だがその攻撃に、盾での殴打も含まれ出す。

 そしてその流れで、何度も「腐食の邪光」を用いて来たのだ。

 手数の多さとバリエーションにより、シェキーナは先程より防御を余儀なくされていた。

 何よりも、彼女の足元は暗光が灯る度に腐れ落ち、足元がおぼつかなくなって行くのだ。

 完全に足を止めて攻防を熟す幽鬼の聖騎士とは、有利不利が歴然としていたのだった。


 例えシェキーナが闇の女王だと言えども、その存在は完璧には程遠い。

 常日頃は余裕の伺える態度を取るシェキーナだが、自分が如何に不完全であるかと言う事は、誰でも無く彼女自身が良く知っている事だった。


「……しまっ!?」


 全知全能には程遠く、だからこそ幽鬼の聖騎士が今まで使っていなかった術に対応が遅れたとしても、それは彼女の未熟から来るものではない。

 幽鬼の聖騎士が、またもや指を立てシェキーナを指す。

 しかし今度は、今までの人差し指ではない、薬指を使用したのだ。

 その違い自体は、シェキーナも確りと見止めていた。

 腐食を齎す「腐敗の邪光」を無視する事など、この戦闘中においては有り得ないのだから。

 だが人差し指と薬指の違いに意味があるのかと言う事など、流石の彼女もすぐには分からない事である。

 故にこれまでとは違う暗紫の光が、今までとは違う速度で形成されてしまっては、完全に不意を突かれた形となっても仕方がない事である。

 それでも驚異的な反射速度でその光に対して回避行動を取ったシェキーナであったが、僅かに左腕がその紫光に呑まれてしまった。

 そして彼女は、現状把握するために幽鬼の聖騎士との距離を取る。


「か……母様っ!」


 これまでとは違う紫色の光、そしてその直後に大きく距離を取ったシェキーナを見て、エルナーシャは思わず大きな声を上げていた。

 彼女の不安は間違っておらず、シェキーナはその紫光を僅かばかり受けてしまったのだ。

 そんなエルナーシャ達の方へ顔を向けたシェキーナは、僅かに微笑んで見せた。

 本当ならば、その様な余裕など彼女には……無い。


 では、全体的に見てファントム・ロードに圧されている。

 彼女は今、決断を迫られているのだ。

 更なる力を行使するか……否かの。

 先程受けた「呪いの紫光」は対象に呪いをかけ、一時的にではあっても身体能力や技術、魔力などを大幅に減衰させる魔法である。

 局所的な効果しかないが、全身で受けたならば戦闘継続が困難な程の能力低減が見られただろう。

 幸いと言って良い、シェキーナは左腕しかその光を浴びなかったために、全体的な身体能力に影響はない。

 しかしこの戦闘中に限っては、シェキーナの左腕は「使い物にならない」と判断して間違いでは無く、彼女もそう考えていたのだった。

 そしてそれは、この戦闘をこれ以上長引かせる事が出来ないと言う判断でもある。

 だからこそシェキーナは……エルナーシャ達に対して笑いかけたのだ。


 ―――別れを込めて。

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