精霊獣の生みの親?
「……あれが……お前の見つけた精霊獣……なのだな……?」
発見者であるレヴィアにそう問いかけるシェキーナの声は、どこか呆けた様である。
そしてその問い掛けに応え頷くレヴィアは非常に恥ずかしそうであり、その顔は熟れたトマトのように真っ赤であった。
シェキーナは今、一部の者を引き連れて部隊より先行し、道中に鎮座していると報告された精霊獣の確認に来ていた。
勿論それは、ただその姿を見るだけには留まらない。
シェキーナの説明で、具現化した精霊獣は総じて好戦的であると言う事から、その排除も同時に行う為でもある。
そして進んだ先で、目的の精霊獣を見つけた訳だが。
「か……可愛い!」
それを見たエルナーシャは思わずそう声に漏らし、それを聞いたアエッタもまた頷いて同意していたのだった。
そんな2人の様子を窺ったレヴィアは、更に俯いて羞恥を隠そうとしていた。
「ほんに随分と―――……」
「
「ほんまにあの生物が―――……」
「凶悪な精霊獣なんどすか―――?」
そしてシルカとメルカの双子もまた、興味深そうにその姿を見てエルナーシャと同じ感想を漏らしていた。
どうやら目的の精霊獣は、女性陣に大好評の様であった。
―――勿論、その姿だけを見れば……なのだが。
因みに、男性陣からは特に感想の様なものは洩れ出なかった。
「じ……じゃなくて、
自分も含め周囲より黄色い声が上がりそうな雰囲気を察したエルナーシャが、仕切り直しとばかりにそうシェキーナへと問いかけたのだった。
もっともエルナーシャにしてみれば、シェキーナの考えや発言に疑問など持つ事は無い。
どちらかと言えばこれは、彼女達の眼前にいる精霊獣と戦いたく無いための確認事項……と言った処だろうか。
「あ……ああ。あれが精霊獣に間違いは無いのだが……何ともこれは……」
そしてそれに答えるシェキーナは、珍しく困惑を露わにしていたのだった。
先にシェキーナが説明した通り、元来精霊には容姿など確立されていない。
言うなれば、精霊体と呼ばれる無形の存在として、この精霊界に漂っている状態なのだ……一部を除いてだが。
そしてそんな精霊の姿は、呼び出し使役した者によって確立させられる。
つまりは、その存在を認識した者の思い描いた姿をしていると言って良いのだ。
広く知られている精霊としては、風の精霊シルフや炎の精霊サラマンダー、水の精霊ウィンディーネなどがある。
そしてこれらの精霊は、誰が呼び出し使役しても総じて同じような姿をしている。
だがそれは、何も精霊固有の姿がそうであるからと言う訳では無い。
殆どの人が、それらの精霊をその姿だと潜在的に認識しているからに他ならないのだ。
下位の精霊は、簡単な精霊魔法で呼び出す事が出来、使用頻度から言っても比較的多く使役されている。
故に、様々な書物でその事が記載されているのだ。
そしてそれは、子供が読むような本の挿絵にも多用されている。
いつから、誰がその様に定めたのかははっきりとしていないが、何故か殆どの種族で共通した姿が認識されているのだった。
その様にある意味でポピュラーな精霊は、誰が認識しても同じ様な姿をしている。
しかしそうでない精霊は、呼び出した者にその姿を決定付けられてしまうのだ。
言い換えれば……そうと認識した者の想像力、空想力、妄想力に起因するとでも言おうか……。
そして今現在、シェキーナ達の眼前で休息を取り動かない精霊獣は何とも……。
「兎に角、見た目に惑わされるな。アレは中位精霊が具現化した姿……『
仕切り直したシェキーナだが、その声に力を込めて話し緊張感を増す事に努力が必要だった。
それも仕方の無い事で、その精霊獣は可愛い……と言うのも然る事ながら、どうにも戦意を削ぐ姿をしているのだ。
基本的な姿は、レヴィアの言った通り鷲……若しくは猛禽類に属すると思われる。
全身を羽毛で覆い、巨大な2枚の羽根を持つ所から空を飛ぶと言う事は想像出来なくもない。
だが……全体的にコロコロとした丸い体躯をしており、その羽毛もフワフワモフモフとした印象を受けていたのだ。
精悍だったであろうその頭部も丸く、どうにもコミカルと言った態は拭えなかったのだった。
まるで子供用のぬいぐるみを模した姿をしており、これを見た女性陣が浮足立つのも仕方の無い事である。
ましてや、これからそんなぬいぐるみ擬きと戦わなければならないのだ。
見た目に惑わされて油断でもしようものならば、それはそのまま死に繋がらないとも言い切れないのだった。
シェキーナの言葉は決して冗談ではなく、だからこそエルナーシャ達も気合いを入れ直していたのだが。
「ですがシェキーナ様。あんな容姿の精霊を、私は初めて見ました。あのような精霊獣は、この精霊界に多く生息しているのですか?」
殊更に真面目な顔をしたセヘルが、抱いた疑問を口にした。
その事自体は、別段不思議と言う訳では無い。
ましてや目の前に存在する様な精霊獣を目撃すれば、その疑問は当然と言って良いかも知れないのだ。
ただし……その質問をするには場所もタイミングも……悪かった。
「……はっ!?」
セヘルがその質問を全て言い切った直後、彼は自身に向けられた恐るべき気配に気づいて思わず息を呑み絶句してしまったのだった。
「ふむ……。先程も説明したが、精霊とはそれを認識した者によって姿形を与えられると言って良い。広く知られている様な精霊なら誰がその存在を認めても同じ様な容姿になるのであろうが、そうでない精霊はそれぞれ違う姿をしているのだ」
セヘルが謎の気勢に呼吸すら制限され声さえ出せない状況に陥っている中で、シェキーナはそれと知っているのかどうか、セヘルの質問によどむ事無く返答していた。
その事に周囲の者は深く頷いて理解の意を示していたのだが、当のセヘルはそれ処では無かったのだった。
凄まじい殺気がまるで彼の周囲から空気を奪い首を絞め、心臓を鷲掴みにしている様な錯覚さえ引き起こしていたのだ。
瞬時に大量の脂汗を浮かべたセヘルは、自身を抹殺せんとする気配の根源を探った。
と言っても、それはそう難しい事では無かったのだが。
特に周囲へと探りを入れる必要もなく、顔を上げた彼は空恐ろしい気配を発するレヴィアと眼が合ったのだった。
そしてもう一度、セヘルは深い水底へと引き込まれた錯覚に襲われた。
そう……セヘルに殺さんほどの気勢をぶつけているのは誰あろう……レヴィアであったのだ。
彼女の眼は……こう言っている。
―――これ以上……口を開くな……。
―――開けば……殺す……と……。
確かに、セヘルとレヴィアは仲のいい間柄とは言い難い。
それでも、ただそれだけの理由で殺されるなど、セヘルには想像すらしていない事であった。
ましてやここ最近は、上手くやっている……とは言わないまでも、特に大きな問題を起こしている様な事は無い。
今このタイミングで、レヴィアがセヘルを亡き者とする意味が理解出来ないでいた……のだが。
「それじゃあ、あの姿に定義した者がいる……と言う事なのですね?」
シェキーナの説明を咀嚼し終えたエルナーシャがそう結論付け。
「……そう言う事に……なります……」
アエッタが頷いてそれに賛同した。
「……かはっ!」
そしてそれと同時に、セヘルを締め上げていた恐るべき殺気が……霧散して消え失せる。
「……どうしたんだ、セヘル?」
「……いや……」
呼吸が解放され新鮮な空気を取り入れたセヘルに、ジェルマが不思議そうな顔をしてそう問いかけた。
ただしセヘルの方も、本当の事をそのまま口にするなど出来よう筈も無い。
まさかレヴィアに、手を触れる事もなくただ殺気だけで殺されかけた……等とは、彼の口からは例え裂けてでも言えないほど……屈辱的な事案であったのだ。
「けどそれやったら―――」
「あれの形を決めたんは―――」
「最初にアレを見つけた―――」
「レヴィアって事になりますな―――」
そして突如セヘルへの気配が霧散したのは……こういう展開になると動揺して……という事になる。
「いえ……その……ちが……」
一斉に向けられた女性陣の視線に、レヴィアは顔を真っ赤にして首を振り否定していたのだが。
「あれあれ―――? レヴィアッて―――……意外に少女趣味なんだ―――?」
そんなか細い抵抗も、イラージュの大声による追撃によって無効化されてしまっていた。
そしてレヴィアは、更に赤く小さくなるより他は無かったのだった。
「ふ―――ん……。こうしてみると、レヴィアも女性なんだなぁ……」
敵を前にきゃいきゃいと
脂汗を浮かべて顔を青くしているセヘルの方からは、それについて何も返答など無かったのであった。
そしてシェキーナは、そんな彼女達をみて軽い頭痛に苛まれていたのだった。
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