シェキーナの戦い
飛翔……と呼ぶには、その距離は短すぎた。
シェキーナの立ち位置から
シェキーナならば……いや、エルナーシャやレヴィア、ジェルマやレンブルム姉妹にだって、その距離を一瞬で縮めてしまう事は可能であったかもしれない。
ましてや、
僅かに一足飛びで、シェキーナに肉薄する事など不可能ではない。
だがシェキーナの後方で彼女と老竜の様子を窺っていたエルナーシャ達には、まるで老竜が「飛んだ」と思ったのだった。
それは、それまでに老竜が大きく広げていた翼が印象深かったのかも知れない。
若しくは、翼を持つ者が跳躍したならば、それは全て「飛んだ」と思ってしまうからなのかも知れなかった。
しかし実際には、老竜は殆ど事前動作なしに大岩を蹴り、巨大な咆哮と共にシェキーナへと向けて飛び掛かっていたのだった。
その速度は、エルナーシャ達にとっても目で追うのがやっとと言う程である。
もしも彼女達が老竜の攻撃に晒されたならば、来ると分かっていても防ぎ様が無かったかも知れない。
それ程に、老竜のスピードには目を見張るものがあったのだった。
もっとも、相対するシェキーナにしてみれば、驚愕する様なスピードでは……ない。
シェキーナは急迫する老竜に対して、僅かにバックステップをしながら、殆ど聞き取れない声で何事かを呟いた。
もしもその声を拾う事が出来ていたならば、こう聞こえていた事だろう。
「……
「ゴブッ!?」
シェキーナの求めに応じて四方からせり出した極太の枝が、まるで格子の様に重なり合い老竜の進撃を防ぐ。
目にも止まらぬ速さで築き上げられた防壁に、老竜の方が止まる事が出来ずに激突したのであった。
本当ならば、たかだか木の枝を組み合わせただけの壁程度では、老竜の突進を抑える事など敵わない。
だが精霊魔法の強さとは、単に付き従える精霊の強さに依るだけではない。
どれだけ精霊に自らの精霊力を与える事が出来るか……これも大きな要素となる。
例えば以前シェキーナが赴いたエルフ郷に於いて、対峙した彼女の妹ラフィーネがシェキーナに対して使用した精霊魔法。
太く巨大な樹を腕の様に変えてシェキーナを握り潰そうとしたのだが、それもラフィーネがその精霊力を大量に注ぎ込んだ結果である。
高位の精霊を使役したり協力を仰ぐ事も不可能ではない。
しかしその場合は、様々なリスクが生じる場合が多く、もっとも分かりやすいのは多大な精神力の消耗だ。
1つの戦闘で完全に終わりを見るならば……若しくは乾坤一擲の戦いならばそれも止む無しであろうが、通常で考えればそんな事など稀である。
それを踏まえれば精霊魔法とは、どれだけ下位の精霊に多くの精霊力を与えて使役するか。
これが重要となる。
「グガァッ!」
老竜は、行く手を遮った防壁を突き破り上半身を潜らせた。
そしてその口腔を広げで、シェキーナへ向けて
龍族はその種類により、様々なブレスを吐く事で知られている。
火炎、吹雪、突風、岩塊は言うに及ばず、灼熱弾や氷塊弾、猛毒や強酸と言ったものも存在する。
シェキーナの目の前にいる老竜は火炎を吐きだすタイプの様で、大量に空気を吸い込んだその口元からは黒煙が洩れ出していた。
もっとも、笑みを浮かべたままのシェキーナが、老竜のその様な行動をただ見ているだけで見過ごす筈も無い。
「……木の精よ」
シェキーナは再び、ボソリと精霊の名を口にする。
使役したのは先程と同じ木の精霊であった。
下位の精霊と言えども、与えられた精霊力の量と密度で強力な防御、そして攻撃の手段となるのだ。
―――この様に。
「ギャアアァァッ!」
老竜の、今度は悲鳴と分かるそれが辺りに響き渡る。
先程と同じ様に、四方から太い枝が何本もせり出してきて老竜を襲ったのだ。
だが先程と違ったのは、出現した枝が格子を作って壁を形成したのではなく、まるで槍の様に戦端を尖らせて老竜の身体を穿ったのだった。
普通の考えならば、たかが木で作られた槍が老竜の持つ頑強な鱗を貫ける筈も無い。
それでもシェキーナの作り出した槍が老竜に少なからず傷を与えたのは、偏にシェキーナの精霊力に依る処なのだ。
勿論、その一撃で決着がつく……と言う訳では無い。
そしてシェキーナも、その攻撃で終わらせるつもりは無かったのだった。
スラリと腰の剣を抜き放ったシェキーナが、地を滑る様に駆け老竜の右側面へと回り込む。
「グアアアァァッ!」
怒り心頭に見える老竜は、自らが突っ込んで半壊させた防壁を全壊させ回り込んだシェキーナを追う。
「ゴオオォォッ!」
「むんっ!」
そしてドラゴンの
振り払われた巨大な前足をシェキーナが手にした剣で受け止め、その僅かに動きの止まった間隙を突いてドラゴンが尻尾を薙ぎ、シェキーナが瞬時にそれを察して後方へと退いて回避した。
2人……いや、1人と1体の姿が霞むほどの素早さ……それでいて、武舞と見紛う流れる様な動きを見せる彼女達に、エルナーシャ達はただ言葉を忘れて魅入るより他なかったのだった。
以前エルスと王龍の見せた人知を超える攻防を考えれば、シェキーナと老竜の戦いは数段見劣りするかもしれない。
しかしそもそも、エルスと王龍ジェナザードの動きは常人に目で追える様な動きでは無かった。
それはそれで凄まじく、ある意味で心に刻みつけられるものであったかもしれない。
だがエルナーシャ達にはその“伝説の戦い”よりも、今シェキーナが目の前で繰り広げている戦いの方が心を打っていたのは間違いない。
辛うじて……だが、その攻防を目で追う事が出来るのだ。
その動きが……技術が……気迫が。
離れて窺うエルナーシャ達にもしっかりと感じられ、だからこそ感動する事が出来ていたのだった。
シェキーナの頭部を狙った斬り下ろしを首の動きだけで躱した老竜は、そのままブレスを彼女へ向けて放った。
大量の炎をただ前方へと向けて吐き散らすのではなく、細く絞り凝縮させ、炎の拡散を防いで放つ高威力のブレスは正しく……熱線。
対するシェキーナも、寸での処でそれを躱して再び距離を取る。
もっとも彼女は、ただ後退しただけではない。
「……
間合いを取ると同時に彼女は、やはり小さく精霊の名を口にした。
それと同時に、老竜の周囲で濃密な風の渦が出現する。
局所的な竜巻が老竜を呑み込み、発生させた真空の刃がその身体を切り刻もうとする。
しかし今度は、老竜もただシェキーナの魔法を受けるだけではない。
聞き取る事の出来ない不可思議な言葉を発したかと思うと、老竜の身体が淡い光に包まれる。
老竜を包み込むように出現した防壁とシェキーナの繰り出した精霊魔法が激突し、周囲には耳を
濃密な竜巻が威力を弱めると同時に、シェキーナは再び剣を構えて老竜に肉薄する。
まるでそれを知っていたかのように、悠然と老竜が彼女を迎え撃った。
エルナーシャ達の眼前では、初めて目にする“
それはまるで、いつまでもいつまでも続く様な……そんな印象を受ける程に拮抗した戦いであった。
―――その時が来るまでは。
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