問題児たち

 シェキーナ達の待つ王の間へやって来たのは、精悍な顔つきをした若者と、瓜二つとはこの事だと言う程そっくりな双子の魔族だった。

 

「失礼しますっ!」


 短くハキハキとした、それでいて良く通る声音でそう告げて魔王の間へと入って来たのがジェルマ=ガーラント。

 漆黒の髪を短く刈り上げ、蒼い瞳に赤黒い肌と言う魔族然とした風貌を持つ若者だ。

 その瞳には強い力が宿り、大きな野心とそれと同等の自信が漲っていた。

 そしてそれは、1年前までならば若気の至りと呼ぶには大きく危険な光であったかもしれない。

 だが現在は、ある事を切っ掛けに良い方向へと彼の意識は向いており、只管に自身を高める事と、エルナーシャへの絶対的な忠誠心を以て日々精進している。


「失礼します―――」


「遅くなりました――」


 そして、次いで入室して来たのが魔界でも珍しい双子の姉妹、シルカ=レンブレムとメルカ=レンブレムであった。

 双子である彼女達は、それを意図しての事なのか動きから発言まで息の合った処を披露している。

 もっとも、どちらがどちらであるか分からなくなる……と言う事はない。

 それは、彼女達の身体的特徴に起因していた。


 淡い赤紫の髪を持つシルカと、同じく淡い青紫色の髪を持つメルカ。

 これだけでもすでに判別がつくと言うものなのだが、彼女達が来ている着物も同じデザインでありながら着色が違う仕様になっている。

 シルカの着物の色は基調が青紫、メルカの方は赤紫となっている。

 そして……。

 シルカが赤と白の瞳を、メルカが白と青の瞳を有しているのだ。

 声だけでは判別できない彼女達だが、一目見ればその限りでは無かったのだった。


母様かあさま、此度お供をするのは以上でしょうか?」


 主だった……見知った面子が揃った事で、エルナーシャはシェキーナにそう確認したのだが。


「いいや、まだ後2人呼んである」


 シェキーナはエルナーシャに、そう返答したのだった。

 エルナーシャはシェキーナの返事に、僅かに小首を傾げて疑問の表情を浮かべた。

 丁度その時であった。


「セヘル=エルケルッ! 招集につきまかしましたっ!」


 矢鱈と声に張りを出して、軍人然とした口調の若者が入室して来た。


「アエッタ様―――っ!」


 その後に続いたのは、シェキーナへの敬意も報告も後回しに、まずはアエッタへと声を掛け駈け出していた女性だった。

 

「……イラージュ……さん……」


 そして名を呼ばれたアエッタは、ややたたじろいだ様に数歩後退ったのだった。

 エルナーシャとレヴィアがアエッタへと憐みの視線を送る中、アエッタの前へと駆けつけたイラージュと呼ばれた女性は、彼女の手を取ってブンブンと激しく振った。


「アエッタ様っ! ご機嫌如何ですかっ!? 体調はっ!? どこか具合の悪い処でもあれば……」


「イ……イラージュさん……す……少し……落ち着いて……」


 畳み掛けるイラージュに、アエッタの方はタジタジであった。

 グイグイと来る彼女をアエッタが持て余し気味にしている処へ、イラージュの後方より声が掛けられる。


「おいっ、イラージュッ! その辺にしないかっ! 陛下の御前だぞっ!」


 それは、彼女と共に王の間へとやって来たもう一人の人物、セヘル=エルケルの声であった。


「はっ! こ……これは闇の女王様っ! 失礼いたしましたっ!」


 アエッタを襲わんばかりに詰め寄っていたイラージュだったが、セヘルの言葉に我を取り戻したのか驚くべき速さでアエッタから離れ彼の横まで来ると、先程までの狂乱行為をシェキーナへと謝罪した。


「堅苦しいのはいい。此度の王龍謁見に向かう旅は、この面子で向かう事とする。……勿論、アヴォー老には私がいない間の魔王城を取り仕切っていただくのだが」


 その言葉を受けて、アヴォー老は恭しく頭を下げて了承した。

 その他の面子も、それぞれに頷いて同意を示した……のだが。


「シェキーナ様!」


 ただ一人、シェキーナの発言に承服しかねると言った表情の若者……セヘルが、シェキーナへと異議を申し立てた。


「……なんだ?」


 それをある程度予測していたのか、そう答えるシェキーナの顔にはやれやれと言った表情が浮かんでいる。


「私はこの人選に、異議を申し立てますっ!」


 そしてセヘルのこの発言に、その場に集う一同の表情が険しくなった。

 

「ちょっと、セヘル! あんた、何言ってんの!?」


 そしてその隣でセヘルの言葉を聞いたイラージュが、ほんの少しの驚きと、多大な訝しさを含んだ表情でそう問い質した。

 他の者はと言えば、エルナーシャはただただ驚きの、レヴィアは顔に浮かぶ表情を消し、アエッタは興味なさげに、シルカとメルカは面白そうにその様子を窺っている。

 この中で最も激しい感情を露わとしたのが……ジェルマであった。


「ふんっ! ここにいる殆どの者は、実戦と言うべきものを経験していないっ! その中で私は、メルル様にこの才を認められた者だっ! シェキーナ様の護衛と言う意味で私ならば兎も角、この様に実力も定かで無い者達を連れて行くのは如何なものかと御注進申し上げたいのだっ!」

 

 そんな、とても好意的では無い視線とイラージュの言葉を受けても、セヘルにはそれに怯んだ様子など一片も無かった。

 それどころか彼の言動には、明らかに挑発……と言うか、他の面々を蔑んだ様子が伺える。


「ふざけるなよっ! 認められた……と言うならば、俺達もエルス様やカナン様に認められているっ!」


 そして、真っ先にセヘルへと噛みついたのはやはりと言おうか……ジェルマであった。

 今にも飛び掛かりそうなほどの気配を発するジェルマを前にしても、セヘルの不遜な態度は鳴りを潜めない。


「はっ! お前達はつい最近、シェキーナ様の温情で親衛隊に格上げしたばかりだろう! 俺はメルル様より直接、魔族軍魔導部隊を率いる様仰せつかっているんだ! お前達とは言わば、実力が違うんだよ!」


 それはセヘルの言う通りであった。

 と言っても間違いがない部分と言うのは“メルルに魔王軍魔導部隊を率いる様に命じられた”と言う部分だけなのだが。

 

「ぐ……ぐぬぬ……」


 だが、僅かばかりでもセヘルの言った事……正式に親衛隊となったのがシェキーナの声掛かりであると言う事実が、ジェルマの反論を押し留めていたのだった。


「それに……大変申し上げにくいのですが、エルナーシャ様やレヴィア、アエッタの同行も再検討されてはいかがかと考えます」


 そして今度は、エルナーシャ達へ向けてそう発言した。

 まさか自分の方へと話を振られるなど思っていなかったエルナーシャは驚きの表情を隠し切れないでおり、その隣ではレヴィアが更に表情を消して冷たさまで発しだしていたのだった。

 ただアエッタはと言えば、今までにも幾度か似たような事を言われた経験があり、どこかウンザリとした……興味の無い顔つきで事の成り行きを静観している。

 そんなアエッタの態度が気に入らなかったのか、セヘルは更に言葉を続けようとするも。


「ああ!? セヘル……今、何て言った? もしかして……アエッタ様の事を馬鹿にしたんじゃないでしょうね?」


 彼の言葉で最も気分を害していたのは、誰あろう……彼の隣にいるイラージュであった。

 彼女の発する気勢は怒りや憎しみでは生ぬるい……正しく殺気の塊であり、今にもセヘルへと攻撃を行いかねない勢いであった。

 さしものセヘルも、そんな彼女の気勢を間近に受けて言葉に詰まっていたのだが。


「……そこまでだ」


 そんな混乱を収拾したのは、それまでその様子を眺めていたシェキーナであった。


「お前達、闇の女王様の御前で何をやっておるのじゃ」


 そして、アヴォー老がやや強い語調で彼等を嗜めたのだった。

 そうは言っても、そもそも一方的に難癖をつけていたのはセヘルであり、エルナーシャ達にしてみればとばっちりを受けた格好である。

 それでもアヴォー老の言う通り、これ以上シェキーナの前で醜態をさらし続ける事など出来ない。

 一同は一様に、頭を下げてシェキーナに謝意を示したのだった。


「まぁ良い。お前達にはそれぞれの考えがあるであろうが、基本的にはここに集った者たちで今回の“旅”を行う事を、私は既に決めている。異論も反論も認めない。だから、お前達に求める事は一つだ」


 神妙な表情でシェキーナの方を見るエルナーシャ達に、シェキーナはゆっくりと彼女達全員の顔を見回しながら語った。


「殊更に仲良くなる必要も無いが、無用に相手を卑下する事は止めよ。もしも戦いとなれば、協力する事も必要となる。連携に差し障る様な事の無いよう、各自で自重する様に」


 そこまで話すと、シェキーナは玉座から立ち上がる。

 それを受けてエルナーシャ達もまた、背筋を伸ばして彼女を見つめた。


「これより一刻2時間の後に、この魔王城を進発する。各自、準備の怠りの無いように」


 それだけを言うとシェキーナは、頭を下げて見送るエルナーシャ達を横目に魔王の間を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る