腐った世界のプロローグ

化茶ぬき

第1話 犯行声明

 俺はこの世界が嫌いだ。


 正確に言えば、世界を――日本を取り巻く空気感が気持ち悪くて仕方がない。


 若干十七歳の高校生にそう思われてしまうのだから救いようが無いし、世も末だ。


 要は、俺は『右向け右』で右を向くのが嫌なんだ。


 けれど、日本人全員が指示に従うわけじゃないだろう。八割は言われたとおりに右を向いて、一割は天邪鬼で左を向き、残りの一割は指示を聞いておらず動けない。


 じゃあ、俺はどの行動を取るのかというと、一番近いのは最後のそもそも指示を聞いていない奴だろう。しかし、近い、というだけであって決定的に違うとも言える。


 どういうことなのか――わかりやすい例え話をしよう。


 一クラス四十人の教室で、先生が生徒たちに紙を配ると唐突に問題を出してきた。


「いちたすいち、の答えを書いてくれ」


 もはや算数とも言えぬ問いに対して、三十五人は当然のように「二」を書き、天邪鬼な三人は「田」を書く。一人は馬鹿なのか話を聞いていなかったのか答えを書けない。最後に残った俺は、ちゃんと問題を理解して、先生の意図も推測して、天邪鬼にもなってみて――その上で「 」と答える。つまり、何も書かない。


 用意された選択肢の中から、俺は選ばない。何も選ばないことこそが俺の選択なのだ。


 並べられた選択肢の中から答えを選ぶのは、右向け右と同じことだ。その中から選ぶしかないものを選んだところで、それは自分の答えとは言えないだろう。


 今の日本の空気感とはそういうことだ。


 問題に対して、複数の用意された答えを選ぶ。


「二」を選べば、大多数の人間は喜ぶのだろう。


「田」を選べば、何を馬鹿なと嘲笑されて批判されるだろう。


 ならばと「 」を選べば、やはり褒められることはない。


 どこかのキャッチコピーでこんなものがあった。


「NOと言える大人になろう!」


 違う。そこにも選択肢は二つしか存在していない。


「YES」か「NO」か。


 何故、それ以外の答えを持とうとしない? 


 恐れているのか、恥じているのか、躊躇っているのか――胸の内に第三の選択肢を秘めている者がいたとしても、それを口にしないのなら同じこと。


 それでも、わかっている。


 第三の選択肢――第四の、第五の――用意されている以外の選択肢を口にしようものなら、その者は否定されて、迫害されて、排除される。


 だから、俺は何も選ばない。


 選ばないことで世界に反抗する。世界に、犯行する。


 それこそが俺の選択である。


 それこそが俺の「 」だ。

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