【休載中】転生魔王は天使な妹とさわがしく生きる

江東乃かりん(旧:江東のかりん)

プロローグ

> 花よ散れ

 初めてまともに言葉を交わしたのは、いつの事だったろうか。


 一生に一度きりの邂逅。

 文字通り命を賭けて刃を交えているだけであった私たち。

 その数を積み重ねるうちに互いに興味を抱くようになっていたのかもしれない。


 最初に交わした言葉は、何であっただろうか。


 気付けば私たちは最期の一瞬だけ、思うように言葉を交わすようになっていた。


「今回は私の勝ちだな、魔王」

「今回も、お前の勝ちだ。勇者」


 白銀の鎧で全身を覆う勇者は、漆黒の外套を身に纏う魔王の首筋に刃を添わせている。


 いつでもその命を絶てる状態であることを示しながら、勇者はすぐに止めを刺すようなことはしない。


 何故ならば、この時間はとても有意義なものだからだ。

 それが例え意味のない、他愛のない会話であったとしても。


「毎回思うのだ。お前は何故勝負が決まったあと抵抗しない?まだ少しくらい余力を残しているのだろう?魔王のくせに潔い」

「いずれ数十年もすれば私は蘇る。ならば素直に負けを認め、次へと備えよう」

「計画的な魔王だな」

「ああ、私は計画的だ。だから今のうちにお前に言いたいことがある」

「なんだ。言い残す事などないと思ったが」

「ああ、かつてはそう問いかけたこともあったな……」

「それで?」

「次にお前が生まれ変わった時、お前が私を思い出したのなら……」


 魔王は、兜で覆われ素顔の見えない勇者へと手を伸ばした。


「すぐに私の元へ来い。今度は、共に道を歩もう。そのための下準備は済ませている」

「なに……?」

「私はお前が欲しい」


 まるでプロポーズのような台詞を呟きながら、どこか満たされたような表情で告げる魔王。


「ふっ」


 一瞬、噴き出した勇者の声が漏れる。

 かと思えば、すぐに堪えきれなくなり声をあげて笑い出した。


「はは、はははは!何を言うかと思えば!」

「わ、笑う事ではないだろう!私は真剣だ!」


 まさか笑われると思っていなかったのだろうか。

 魔王は首筋に刃を当てられた体制のまま狼狽える。


「ははっ、さて、それはどういう意図だ?」

「言葉通りだ!もう笑うな!」

「ははは!しかしまるでプロポーズみたいだったな!しかも表情が……くくく……!」

「勇者にプロポーズなどするか!」


 盛大に笑われた事により恥ずかしさを自覚したように、ついには勇者から目を逸らす。

 その様子は宿敵ではなく、友に向ける態度のようでもあった。


 勇者はひとしきり笑い一息着くと、凛々しい口調で語る。


「もし、私がまた生まれ変わっても、この立場は変わらない。これまでも、これからも。私はお前を倒すために生まれ、倒すために生きているのだ。私はお前と共に歩むことは出来ない」

「…………そうか」

「だが。ああ、だが……」


 勇者の声に心の機微を感じたのか、目を逸らしていた魔王は向き直った。


「折角、面白い台詞を聞いたのだ。その礼ではないが、来世では私の素顔を見せてやろう」

「あれはもう忘れろ。それに男の顔なんぞ見ても、面白くも何ともない」


 拗ねたように呟く魔王に、勇者は再び心底楽しそうに笑う。


「だが、見たくない事もない。宿敵とは言え、見ようなどと一度も考えた事はなかったが……。お前がそこまで言うのならば、次は拝ませてもらおうか」

「ああ、約束しよう」

「約束、か」


 魔王はその言葉を噛みしめるように、ゆっくりと目を閉じた。

 そして、覚悟を決めたかのように告げる。


「……さあ、殺すが良い、勇者よ」

「ああ」


 勇者はそれまで首に添えるだけだった剣を握り直す。


「さよならだ、魔王」


 そう呟くと、これまでの穏やかなやり取りがまるで夢の出来事だったかのように、いともたやすくその首を跳ねる。


「勇者よ、次に会う時を……」


 切断面から大量の血が流れる。


「その時を……楽しみにしている」


 勇者がその血を浴びる直前、それは瞬く間に花弁となり、風に乗って宙を舞う。


 残された勇者は魔王の亡骸とも言うべき花弁に手を伸ばすのだった。

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