2話

森の中を一匹の狐—その大きさから見るに子狐だろう—が駆け抜けていく。

その後ろには体長3メントール以上はあろうかというヒグマ。

目元の傷跡は歴戦の猛者の証だろうか。


「待って…はぁはぁ…ね、ヒグマさん、謝るから、ね?」

「コロス…コロシテヤル…コロシテヤル…コロシテヤル…」

「ごめんなさぁぁぁぁい!!」


どうしてこの子狐がこんな目にあっているかというと、少し前、彼女が木の上で昼寝をしている時だった。

温かい日差しの中でついつい爆睡…


「うわあぁ!!」


力が抜けて木から落下。

やわらかいものの上に落ちて助かったと思ったのもつかの間、これまた気持ちよく昼寝していたところを邪魔されたクマさんが大激怒、そして今に至るというわけ。


「あっ、ここなら…」


岩の影に飛び込む。


「グアアアアッ!!」

「~~~!!」


ヒグマのパンチに粉々になった岩の隙間から飛び出すと再び全力疾走。


「はぁ、はぁ……ん?」

走りながら後ろを見ると、クマさんがきょろきょろしています。

どうやらさっきので見失ってしまったようです。


「よし、これなら……」


ガチャンッ!!


「つっ!?」


突如として進行方向と逆のベクトルに力がかかり、体が後ろに引っ張られる。

と同時に足首に左足首に鋭い痛みが走った。

見ると、罠ががっちりと左足首をとらえていた。


「ぐっ!?あああっ!!」


もがけばもがくほど深く食い込む。


「グルルルル…」


低い唸り声に顔を上げると、ヒグマが目前に迫っていた。


――…終わった…


あきらめて閉じかけた視界の中で狩衣の裾がはためいて――


「!?」

「破ッ!!」


驚きに見開かれた少女の目前で、男の拳がヒグマの腹にめり込む。

何百キロもあるだろうヒグマの巨体が軽々と吹き飛ばされ、少し離れた地面にたたきつけられる。

それでも熊さん、頑丈さはかなりのもののようで、すぐに立ち上がります。

向かい合うヒグマと神主。と、


「グアッ!?」


一目散に逃げだすヒグマ。

それと同時に子狐も獣の本能で感じ取っていた。

一瞬神主が体の周りにまとった得体の知れないオーラを。

それも、ほんの僅かだけだったけれども、それだけで相手の戦意を挫くには十分なほどの。


「これでよし、っと…大丈夫だったかい?」

「こん~~!!」


—―この人間、さっきのヒグマよりよっぽど危険なんじゃ…やめて!近づいて来ない…


「よく頑張ったな。」


ぽんっ


ズキューンッ!!


神主さんの手が頭に乗るのと同時に向けられた笑顔に、少女の心をさっきとは違う感情が再び貫きました。


――なんだろうこの気持ち…なんだか頭がぽわぽわして体が熱いような…


「こん!!こんこん!!」

「そんなに痛がるなって。…ほら、これで外れたぞ」

「こんこん~~!!」

「……よし、これでおっけーだね」

「こん~~!!」


神主さんは手早く罠を外すと、ポケットから取り出したハンカチで傷口を縛る。

その間、子狐の視線は神主さんの顔にロックオンされたまま。

どうやら子狐さん、恋しちゃったようです。

…吊り橋効果というものがありますが、そんなもんですかね。


「うん、よかったよかった。次はかかるんじゃないぞ?よしよし……」

「こん~~!!」

「あっ!!」


もう一回なでなでされて、耐えきれなくなったのか、狐さん逃げ出しちゃいました。

毛で見えないですが、真っ赤になってることでしょう。


「まって!!…ああ~行っちゃった…」


残念そうに肩を落とす神主さん。

さっきまでなでなでいていた手をゆっくりと握ったり開いたりすると…


「もっともふもふしとけばよかった~~!!」


頭を抱えて悔しがる神主さん

ここで念のため(彼のため)、彼が本当はいいひとで、善意から狐さんを助けたということを言っておきます。もふもふするためじゃないですよ。

本当かって?本当ですよ


「僕のもふもふがぁ~~!!」


……多分。
















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