第40話タケル編【牧野かすみの告白②】

 僕は牧野かすみの言葉を疑った。


「今、なんて?」


この言葉しか思い浮かばなかった。牧野も身体が小刻みに震えていて言葉が出て来ない様子だった。どれくらいお互い無言のままで居ただろうか?沈黙を破ったのは牧野の方だった。


「舞花が好きだった相手って・・・タケルさんだったの?じゃあもう一人はもしかして誠也さん?」


沈黙を破ったことは破ったが、声はかなり震えていた。僕はこの質問に答えることが出来ず、まだ無言のままだった。


「私、舞花から二人同時に好きになっちゃったと言われていて、相手は誰かって聞いてもずっと答えてくれなくて。」


牧野はそう続けた。親友にも僕たちの名前を言わなかったのには何か理由があったのだろうかと僕は考えてみた。そして思い出した。施設に入所した時に牧野は僕のファンだったと言ってくれた。舞花はきっと彼女の気持ちを知っていたから名前を明かさなかったのだ。舞花はそういうやつだった。こんな形でずっと隠していた事実が牧野にバレたと分かったら舞花はどう思うだろうか?


『やばいな・・・舞花に怒られるな。お墓参り、やめようかな?』


僕は急に弱気になってしまった。ずっと黙っている僕に牧野は、


「舞花らしいですね。私、タケルさんを初めてライブで見た時からずっと好きだったから。舞花が通っている高校の同級生としか聞いてなくて、私もタケルさんたちだったなんて全然想像してませんでした。舞花、言えなかったんですね。」


少し微笑みながら言った。


「高校の同級生ってのはホントだよ。」


やっと声が出た僕が答えた。


「そこはホントだったんですね。いや~、なんか、ヤバい!舞花から色々聞いてたことがタケルさんや誠也さんとのことだったとか。なんか照れます・・・」


『おいおい、色々ってなんだ?照れるってなんで?まさか僕とのキスとかの話も牧野は知ってるのか?ヤバいって何が?』


牧野の言葉に完全に動揺した僕はまた黙り込んでしまった。


「私の事、少し話していいですか?施設だと話せないので。」


彼女は何か覚悟を決めたように言った。僕は、


「うん。じゃあ、どこかに座ろう。」


と言って座れるところがないか探した。少し離れたところにベンチがあるのを見つけてそこまで行った。


 一体何を話すのだろうか?と僕はドキドキしていた。何を言われるのか、まったく予想出来なかったが、牧野はベンチに座った後、大きく深呼吸をして静かに話し始めた。


「舞花と私はある集いの場で知り合ったんです。その集いの場って言うのが・・・」


そう言うともう一度大きく深呼吸をしてから続けた。


「その集いの場って言うのが癌患者の集いだったんです。実は私も癌だったんです。今は再発もしていませんし、通常の生活も出来ていますが定期的に検査入院をしています。この前休んだのも入院していたので。少し怪しい影があって入院が長引いてしまったんですけどね。あ、でも大丈夫でした。」


牧野の告白に僕は驚きを隠せなかった。何も言えない僕を少し微笑んで見た後、話しを続けた。


「その集いで舞花がハマっているバンドがあることを聞いて、私もハマっちゃいました。舞花がまだ高校1年の時はライブも行けていたんです。でもそのうち行けなくなっちゃって。理由は知ってますよね。抗がん剤治療が週末になっちゃったからです。舞花が行けなくなって私一人で行くようにもなりました。でもそのうちライブもやらなくなってHPも結局なくなってしまって、あんなに素敵な曲を作る人たちなのに解散なんてもったいないって舞花とも話してました。」


牧野は舞花との思い出を懐かしそうに語ってくれた。舞花にそういう親友が居たことにも驚いたが、ずっと僕たちと一緒にいたのにいつ牧野と逢っていたのかと言う疑問もあった。話はまだ終わっていないと分かっていたが、僕は聞かずにはいられなかった。


「舞花とはいつ逢ってたの?結構な時間、僕たちと一緒にいたんだけど。」

「私も入院しちゃいましたから。私は舞花が居た病棟ではなくて別の病棟でしたけど。いつも舞花の方からこっちに来てくれていました。私が入院していた病棟は厳しくて身動き取れなくて。舞花の病棟は自由だったから。」

「なるほど。普通の病棟は時間関係なく病棟以外なんて行けないからね。僕たちが帰った後に牧野さんのところに忍び込んでたってことか。舞花らしい。」


僕は自然と笑みがこぼれていたらしく、


「タケルさん、そんな少年みたいな顔して笑うことあるんですね。BAD BABYSの時も施設に来てからも見せたことない顔でしたよ。」


そう言われてかなり恥ずかしくなった。


『僕、今どんな顔してたんだ?少年みたいってどんな顔だ?』


そう思いながら多分顔が緩んだんだろうと思い両手で思い切り頬をひっぱたいた。その様子を見ていた牧野は、急に大笑いした。そして、


「タケルさんってもっとクールかと思ってました。施設での生活でもBAD BABYSの時より少し角は取れていましたが、それでも当時の面影はずっと残っていましたからね。」


と続けた。

”タケルってもっとクールなのかと思った!”

初めて高校で舞花と逢った時、舞花にも同じことを言われたことが急にフラッシュバックされた。そして無性に舞花に逢いたくなってしまった。叶わないことだと分かっていてもこんなにも舞花の事を思い出す時間が長いことなんて今までなかったから封印出来ていた感情が一気にあふれ出したような気がした。


「ねえ。これ以上舞花の事話してると施設に帰る時間、遅くならない?僕、多分ずっと話していられちゃうよ。多分、牧野さんもそうじゃないかな?」


僕はあえて話を一旦止める方を選択した。ずっと話していたい。でもそんなことは無理な話。何なら施設に帰ってから一晩中だって話していたい気分だ。でも牧野は施設に寝泊まりしているわけではないし、夜勤があるわけでもないから無理だと分かっている。ならば、ここで止めておかないと僕の方が舞花の話しをずっとし始めそうで怖かった。


「そうですね。少しのつもりだったのに。すみません。私の方が介助されちゃいましたね。私、不合格ですね。」


牧野は苦笑いしながら言った。


「なんの不合格?」


僕も突っ込まずにはいられなかった。


「介助役?」

「いや、それは困る。今、介助役を不合格されたら最終的に舞花のお墓参りに別の人と行くことになる。そりゃ困るから合格を上げよう。」

「合格でいいんですか?ありがとうございます。では帰りましょうか?」


牧野はそう言うと立ち上がり大きく伸びをした後、


「帰りはタクシーです。二度目の敷地外体験は片道のみなので。」


と言ってタクシー乗り場まで車椅子を押してくれた。

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