第41話タケル編【舞花のもとへ①】

 牧野の衝撃的な告白の後、僕は何となく彼女に特別な感情が生まれた気がした。何も知らなかった時には、”僕のファンだった人””仕事はてきぱきこなす人””誰にでも優しくできる人”などとしか思っていなかった。それが今は”もっと彼女の事を知りたい””もっと舞花との思い出を聞かせてほしい””誠也にも紹介したい”と思うようになっていた。もちろん、僕がこの施設を出てしまったらもう逢うことはないのは分かっている。彼女とは舞花という共通点はあるが、それ以上のことはない。でもいつの間にか”もっと彼女と一緒に過ごしたい”とさえ思うようになっていた。もう二度と恋なんて出来ないと思っていた。舞花が最初で最後の恋だと思っていた。なのに、だ。


『僕は冷たいやつなのかもしれない。結局は舞花が居ないことをいつの間にか受け入れて、他の子を好きになってしまったのかもしれない。』


と自分を責める一方で、いまだに舞花に逢いたいと願っている。複雑な感情の中で毎日を過ごしている。あと一回、敷地外体験をして合格すればこの施設を出ていく。その日は確実に近付いているから余計心がザワザワしてしまっていた。

 一人暮らしは不安で、心細い。だから余計、今、そばにいてくれる人を求めているのかもしれない。高校を中退し、身体も不自由で、この先生きていけるのかさえ今は確信が持てない。退所後の生活費は父親が出してくれることになっている。不安なのはお金の事よりむしろ心の方なのだ。

 しかし無情にも最後の敷地外体験の日は9月中旬に決定してしまった。

最後の敷地外体験は、牧野の判断で舞花の眠っている霊園に行けることになっていた。実際に牧野が舞花のお墓参りに行った際、車椅子でも登ることが可能な坂道か、下ることは可能な坂道かを確認してくれていて、下りはかなり難易度は高いかもしれないが試してみても良いのではないかと言う判断をしてくれた。

 僕はこの日をずっと目標にやって来たから本来なら楽しみなはずだった。なのになぜか迷いもあった。


『これをクリアしたらもう牧野とは逢えなくなるんだなぁ。』


と言う気持ちが僕の心に引っかかっていたのだ。こんなことならこんなに仲良くならなければ良かったとさえ思うほどだった。


*****


 こんな時に限って日が経つのが驚くほど早く、今日はいよいよ舞花のところに行ける日だ。昨日は牧野が最終打ち合わせをしてくれた。相変わらず仕事に私情は挟まずしっかりとこなす彼女を見ているとモヤモヤした気持ちになっているのは僕だけだと改めて思い知らされた。彼女にとっての僕はかつてのBAD BABYSのタケルではなく、一施設利用者に過ぎないのかもしれないと思うとこれもまた僕をモヤモヤさせた。しかしこの日の体験に合格出来たら、もう彼女から離れるしかない現実も頭では分かっていた。


「そろそろ出発しましょうか。」


牧野は時計を見ながらそう言った。僕も平静を装って、


「はい。」


とだけ答えた。実はあの衝撃の告白以来、以前のように自然に話せなくなっていたのだ。牧野は今までと変わらないず接してくれている。気持ちが変わって変に意識し始めてしまったのは僕だけだった。

 僕たちは施設を出発した。最初にバスに乗り、駅まで出た。ここまでは何の問題もなかった。そして、会話もなかった。その後、駅に行き初めて車椅子で改札を通った。車椅子は一番端の駅員室の横を通るらしい。車椅子に気付いた駅員は電車に乗るためのスロープを準備して改札の中で僕を待ってくれていた。エレベーターでホームまで行き、電車が来てドアが開いたらそのスロープを設置してくれた。僕はそのまま電車に乗り込むと、


「どちらまでですか?」


と駅員に聞かれた。僕は行き先を伝えると、


「そちらの駅でも駅員が待機しておりますので安心してください。」


と言われた。車椅子での利用者はこんなに駅員に優しくされるのかと初めて知った事実だった。


 電車に乗り込んでも牧野とは会話はなかった。正確には降りる駅の確認や駅を出てからの道順などの説明はあった。僕はそれをただ聞いているだけだった。

 舞花の居る霊園の最寄り駅に到着すると駅員に言われた通り、その駅でも駅員が待機していてくれた。電車のドアが開くとやはり素早くスロープを準備してくれた。僕は駅員にお礼を伝え、駅から出た。牧野はずっと僕の後ろから付いて来るだけだった。


*****


 駅を出るとすぐに霊園の看板を見つけた。結構大きな霊園なのかもしれない。看板は誰でも気付くほど大きなもので、そこには道案内のイラスト風の地図も乗っていた。この駅から歩いて5分ほどで着くらしいが僕の場合はその倍くらいはかかるかもしれないと覚悟をした。地図の通りの道を進み始めると案内板は各交差点にあった。これなら誰も間違える心配はないと思うほど丁寧な案内板だったから僕たちは無事に霊園にたどり着くことが出来た。そして問題の坂を目の前にして、僕はかなり尻込みした。想像していた以上に急に見える。いや、多分見えるだけではなく実際に急だった。


「登りは何とか自力で行けると思います。ただ、下りはかなり難しいと思いますのでここに限っては補助が認められていますので無理しないでくださいね。」


牧野の一言一言がなぜかイラっとした。おそらく最初の時同様に外を舐めないようにと警告の意味も込めたキツめの口調なのだろうが、分かっていてもイライラしてしまっていた。

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