第27話【三つの花】

 夜が明けた。

とうとうクリスマス当日になってしまった。本当なら朝から喫茶店で準備をするはずだった。なのに僕は、こんな所で身動きも取れずにいた。昨夜は舞花も夜、病棟を抜け出し僕の所に来る事もなかった。昨日の検査が何だったのか、きっと今日には教えてくれるだろうと思っていた。


 クリスマスの朝でも病院は普通に検温から始まり、ナースが僕のおむつを取り替える。そして、普通に朝を迎え、朝食を摂り、1日が始まる。


 とは言っても僕は1日が始まろうがベッドからは動けなかった。足が動かない他は擦り傷もほぼ治り、どこも調子など悪くなかった。車椅子でも使えば、ベッドからだって降りられるだろうとさえ思えるほど、下半身以外は元気になっていた。医師の回診でも予定通り来月からリハビリを開始しようと言う話になっていた。そして、今日は自分用の車椅子の手配をするため、業者が来ると言われた。車椅子かぁ・・・まさかそんなものに乗ることになるとは思ってもいなかったが、今は素直に現実を受け入れようと、不思議なくらい気持ちが穏やかになっていた。


 車椅子だろうがなんだろうが、生きていられる事に人は感謝しなくちゃいけないのだ。舞花と出会い、僕はそんな事を考えられるようになっていた。


「一応、これは病院の車椅子ですが、ちょっとこっちに乗り移る練習をしてみましょうか?慣れると人の手を借りずにベッドから車椅子への移動は出来るものですから。」


 医師に言われ、僕は練習をしてみた。最初は医師が手伝ってくれた。ベッドに横になっていた時にはあまり感じなかったが、動かない下半身は思ったより重たかった。しかもお尻にかろうじて力が入る程度でそこから下は全く力を入れる事が出来ないから、バランスがうまく取れない。車椅子の位置を間違えたら、床に落ちてしまう。そんな状態だった。それでも僕は自力で車椅子に乗れたら、今度は僕が舞花の病棟に行けると思い、必死にコツを掴もうとした。


 何度か、医師の手を借りてベッドから車椅子へ、車椅子からベッドへ・・・の練習をしているうちになんとなく感覚が掴めて来た。


 練習を始めて、しばらくすると自力での移動が出来るようになった。医師は、


「大丈夫そうですね。まぁ、車椅子に乗れるようになれば病室内安静は解除します。車椅子の操作に慣れるためにも病棟内を動いてみてください。」


 と言った。僕は、


「病棟内だけですか?」


 と尋ねた。医師はピンと来たらしく、


「まずは病棟内でうまく走れるようにならないと。病棟内で自信が付いたら次はこの階なら移動可能ですよ♪」


 と、少し微笑んで言った。


『ヤバ・・・先生は、僕が舞花のところに行きたいの、お見通しだ』


 僕はちょっと気恥ずかしくなった。まぁ、本当の事だから弁解はしないが・・・。


 クリスマスの日。僕はほんの少しの自由をプレゼントしてもらえた。


 その頃、誠也は朝から忙しかった。喫茶店のマスターに呼び出されていたらしい。


「あぁ、すみませんね。こんな朝早くから呼び出してしまって。」


マスターは喫茶店に入って来た誠也に言った。


「どうしたんですか?」


 誠也が尋ねると、


「これ、私からのプレゼントです。舞花さんに。」


 マスターの手には、クリスマスツリー型のケーキがあった。


「ここからの眺めには劣りますが、あのツリーを一応再現してみたんです。これ、病院に持って行ってもらえませんか?」


 マスターの気持ちが嬉しくなった誠也は、自然に涙が溢れた。そして、


「ありがとうございます。今日、舞花たちは病院でクリスマス会ってやつをやるらしいんです。その会をやってる間に俺は、舞花の病室をデコレーションしてやろうと思ってて。このケーキのおかげでここから見える景色を再現出来ます!」


 と言った。マスターも嬉しそうだった。


「お役に立てましたか?」


「もちろんですっ!本当にありがとうございますっ!俺・・・タケルも入院しちゃって、ものすごく心細かったんです。マスターがいてくれて本当に良かった。」


「喜んでもらえて光栄です。来年、また3人でこちらに来れる事を心より祈っています。」


 マスターの言葉に反応した誠也は黙り込んでしまった。そんな誠也を見て、マスターは、


「不可能ってこの世には数えるほどしかないらしいですよ。たいてい不可能だと思い込んでしまったものが不可能と言う結果になってしまっているらしいです。自分が強く可能性を信じていれば、不可能だって可能に出来るんです。1週間だって、1日だっていいじゃないですか?可能な日が増えてくれたらそれを幸せだと思うんですよ。舞花さんだって、きっと同じです。医師や検査の結果ではすでに余命が過ぎている。でも舞花さんが今現在生きているのは事実です。これが不可能を可能にした最高の例じゃないですか?!みんなで信じれば、また来年、3人で来れるかもしれないじゃないですか?諦めてはダメです。今年はケーキに化けてしまったクリスマスツリーですが、来年は是非本物をこの席で見てください。私も祈っていますから。」


 と優しい顔で言ってくれた。誠也はマスターの言葉ひとつひとつを噛みしめた。人前で泣くことなどほとんどなかった誠也だったが、この時、マスターの胸を借りて、声を出して泣いた。


誠也は、誠也の中のピュアな心に気付くと言うプレゼントをもらった。



 同じ頃、舞花は病室のベッドの横で放射線治療をしていた。このところ、週に2度の治療では間に合わなくなって来ていたため、朝は放射線治療から始まるのだ。

 しかし、この治療さえも癌細胞を沈めておくことが出来なくなっていた。今の舞花は気力だけで動けている状態だと主治医は思っていた。本来なら既に寝たきりになっていてもおかしくないほど病状は悪化していた。言葉を発することや、まして自力で歩くことなど考えられないのだ。でも現に舞花はまだ、自力歩行も言葉も普通にしている。医師すら、舞花に関しては奇跡を信じていたくらいだ。


「我々の予想を、これからも裏切ってくれ!」


主治医はそう強く願わずにはいられなかった。

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