第4話【愛の花】

 「いつまで固まってんだよ!」

僕は誠也の肩を叩きながら言った。誠也は、ようやく我に返ったように動き出した。

「心の準備、出来た?」

舞花は誠也を覗きながら言った。

「ワァーーーー!!」

誠也のこんな動揺した姿を僕は今まで見た事がなかった。中学校時代からクールで、女子たちにモテて、いつでも取り巻き状態の女子たちが側にいてもこんなに動揺した姿はしたことがなかった。

『誠也・・・本気か?』

誠也の動揺を見た僕も動揺していた。僕は舞花を誠也に取られたくない気持ちでいっぱいになっていた。

「どうしてそんなに驚くの?私がスタジオに入って来たのってそんなに変?」

舞花は屈託のない顔で誠也に尋ねた。

「あ・・・いや・・・そうじゃないけど・・・いや、そうかな?ここに女の子が入って来るなんて初めてだし・・・」

誠也は相変わらず動揺していた。そんなことお構いなしに舞花は、

「女の子が嫌いなの?学校でも結構誠也はモテてるのに、コクられ慣れてるでしょ?女の子とも喋り慣れてると思ったのに。やっぱ私のイメージとは違ったのかなぁ?タケルも私が思ってたイメージと違ったしなぁ。」

とズバズバ本音トークで攻撃した。僕は、何とか2人の中に入り込みたいと剥きになった。

「イメージ違って減滅した?もう練習、見に来たくない?」

我ながら子供っぽいセリフだと僕は思ったがそれでも間に割り込みたかった。舞花は、

「ううん。逆に親近感。歌ってる時も練習してる時も2人ともクールで遠い感じだったけど、喋ってみると私と変わらないって思って。今朝、タケルに話し掛けられなければこんなに急激に近付けなかったもんね。感謝してる。ホントはずっと話し掛けたかったの。でもどうしてもこっちからは声、掛けられなくてさ。」

と透き通る声がスタジオに響いた。

「えっ?話し掛けたのって君の方じゃないの?」

誠也が突っ込んだ。

『ヤバイ!今朝の話、手を握り続けた以外に、僕から話し掛けた事も省略したんだった!』

僕は内心焦っていた。

「えっ?私からじゃないよ。タケルが私に気付いてくれて追いかけて来てくれて、声掛けてくれたの。」

舞花は悪気なく正直に言った。誠也の目がゆっくりと僕に向けられたが、同じ速度で僕は身体ごと後ろを向いた。

「タケルくん?他にも脚色してること、あるんじゃないの?」

僕の背中に誠也の攻撃の矢が見事に刺さった。僕は、後ろを向いたまま、

「もうないよ。てか、朝の事なんて正確になんて覚えてねぇよ。」

と言ってみた。

 2人のやり取りを黙って聞いていた舞花は、いきなり噴き出した。その声に僕も誠也もすぐ反応し、舞花を見た。

二人の視線を感じたのか、舞花は慌てて口をふさいだ。その仕草がなんとも言えない愛らしく見えたのはきっと僕だけじゃなく、誠也もだっただろう。

『僕たち、一瞬にしてライバルになったのか?』

僕は本能でそう感じた。恐らく、誠也も同じ気持ちだっただろう。

「良かったらこれからはドアの所で立ちっぱなしで聴いてないで中に入って来いよ。」

誘ったのは、もちろん僕!

・・・ではなく、誠也だった。やはり心の準備が出来て動き出しただけある。誠也は積極的に舞花に話し掛けて行った。僕に入る隙間はなかった。僕の駄目な性格は、誠也のようにすぐに切り替えが出来ないところだ。分かっていても性格はなかなか直せるものではない。誠也のセリフを僕がさらっと言えたならどんなに自信が持てるだろうか?

「いいの?練習の邪魔にならない?」

舞花は遠慮しつつ、瞳は嬉しい光線を発射していた。

「いいよ。今まで俺たちに足りなかったのは女っ気だ。歌にハートがなかったのは、メンバー全員が誰とも付き合ってなかったからだ。曲作りに協力してくれたら嬉しいんだけど。」

誠也の饒舌はエンジン全開になった。こうなるともう完全に誠也ペースだ。アイドル系のマスクに、ロック系の髪型。声に関しては、甘く切ない声からハードロック系の声まで自在に操れ、なぜヴォーカルオーディションに合格出来ないのか納得出来ないほどの魅力ある声をしている。そんな奴がエンジン全開でトークを始めたら誰だって勝てる要素はない。


 僕はしばらく誠也と舞花の楽しそうなトークの観客になっていた。手は自然にギターのチューニングを始めていた。最初は小さな音で調整していたはずだったが、2人のトークが盛り上がるのと同じようにチューニングの音も大きくなっていたらしい・・・

「何?邪魔してる?」

誠也は僕に突っ込んで来た。

「何が?」

僕は半分不貞腐れて聞いた。

「チューニングだよ。今日は練習しないって言ったの、お前だろ?」

誠也も角のある言い方をして来た。一触即発とはこのことだろう。まさか曲作り以外で誠也と衝突することになろうとは予想もしていなかった僕は、誠也の態度が気に入らなくて仕方なかった。

「手が勝手にしてたんだよ。・・・僕、今日は帰るわ。練習もないし、ここにいてもしょうがないしな。」

僕は自分は負け犬と感じていた。その場にいられず、逃げ出す手段を選んだのだから。誠也は何も言わなかった。舞花もこちらを見てはいるけれど・・・何も言わなかった。

つまり2人とも僕が邪魔だって無言で言ってるという事だった。舞花の本命は僕ではなく、誠也だったのかと、この時僕は確信した。


 僕は、朝から勝手に妄想が大暴走していた自分が情けないやら悔しいやら・・・とにかく腹立たしい気持ちのままスタジオを後にした。


僕は思った。

『僕の心に入り込んだ花はこの先育つことはあるのだろうか?』

と。

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