白銀の少女は触手なんてなんのそのです
@zanbarara
プロローグ
災厄
……悲鳴が聞こえる。
一体何が起こっているのかわからない。
周りを見れば建物は燃え盛り、地は割れている。
空から雨が降り続けているが、火の勢いは一向に収まる気配がない。
足元を見てみれば、かつて人間であっただろう肉塊が転がっている。母さん?何でそこで寝てんだよ……
斜め向かいの一軒家で独り暮らすおばあちゃんがこちらを見て何か叫んでいる。
何なんだよ。うるさいな。遂に気でも触れたのか?昔は色々可愛がってもらっていたもんだ。
あの頃は楽しかったなぁ。
後ろから大きな羽音がする。
だから、何なんだよ。うるさいな。後ろを振り向く。
「ハエ?て、でかっ」
何かすっげーでかい蝿みたいのがいるんだけど。んでもって、腕に鎌みたいなの持ってるんだけどさ。それをこっちに振り上げてきてるんだよね。
「あっ、そういえばさっきテレビでやって……」
二千五十年に全世界の人間が震撼させられた。太平洋上に突如として現れた謎の大穴。
それはポッカリと、何かの生き物が口を欠伸する様に空いていた。
その上空周りを様々な航空機が飛んでいる。
「現場の野乃ですっ!今私たちは先程国から発表された大穴の制限されている上空ギリギリに来ているのですが、とても不気味です!私たちの他にもヘリコプターが飛んでいるのですが、世界各国の軍用機が飛び回っており大変異様な光景となっております」
大穴近くには様々な国の軍用機が飛んでおり、その様子を伺っている。このような非常事態が起こる際は、政治的な対立やしがらみは関係ないのだろう。しかし、それでもあの国とあの国が同じ圏内にいるのは違和感を感じるのであろう。
「っ!?な、何か大穴の中から飛び出してきましたっ!!あれは……虫?でしょうか…。大きな黒いカブトムシの様なものが急に飛び出してきました!今は空中に佇んでいます!」
大穴から急に現れたのは全長50mはあるかと思われるカブトムシの様な怪物。それは、急に奇怪な音を出し再び羽ばたいたと思うと…。
「あっあぁ……」
「野乃さんっ!?どうしましたか!?現場の方で大きな音がなりましたが、何かあったんですか!!?」
「ぅあ…。ま、周りの航空機が全滅しました。今この瞬間、文字通り私たち以外が……」
「どういうことですか!?具体的に教えてくださいっ! …いやっ今は逃げてください!そこは危ないから早く逃げなさいっ!!」
「いや、無理ですよ。だって……」
最後に現場から繋がれた映像は、禍々しい形をした黒く巨大なカブトムシの顔だった。
二千五十年、突如として太平洋上に大穴が現れた。そこから出てくるのは様々な異形の怪物たち。
正体が全くわからないそれらは『奇蟲』と呼称された。人々は、軍すら太刀打ちできない存在に底知れぬ恐怖を抱いている。次第に淘汰されていく人類であったが、異変というのは大穴と怪物の存在だけではなかった。
何なんだ、コイツらは…!突如現れたかと思うと、襲いかかってきやがった。
両親は死んだ、俺の目の前で。休日だったから、朝から親孝行でもってどっかにドライブしに行こうと思ってたんだ。したら急にテレビでサイレンが鳴り始めて大きな揺れが起きたんだよ。
ドドドドドドドドドドドドッ……!と地響きが鳴る。
「痛ってぇ……」
おいおい地震か?昔は良くあったみたいだったけど、最近は全然無いってんで無警戒だったな。っていうか、親父とお袋は大丈夫か!?
「大丈夫かー?」
という言葉を口にして顔を上げた時、そこには虫の様なナニカがいた。そいつの両腕は鋭く尖った槍の様になっており、そこに一人ずつ腹を貫かれた両親がいる。
「ーーーーーっ!!」
一瞬叫び声を上げそうになったが、何とか理性が働き止めることができた。親父とお袋だったモノが虫の両腕から垂れ下がっている。確実に死んでいるという事はすぐに理解できた。
男は必死に嗚咽を我慢しながら、その場から虫が去ってくれるのをただ待つしかできなかった。
あの時と同じく周りを鬱陶しく飛び回る糞虫ども。ぶんぶん、キィーキィーと騒々しい。
次々に増えていく脅威『奇蟲』
その存在に恐怖するのと同時に、殺されていった家族や友人・恋人の仇として憎み続けてきた者もやはりいる。
その黒い想いはやがて、自身の心の表れとして昇華されていった。
「おいっ!?お前なんか手が燃えてるぞ!」
「うわっ!?なんだ、これ!?熱いっ……て全然熱くねぇ。不思議と力が漲ってくる感じがする……!」
「それはすげぇけど!!なんかカッコイイけど!!今はそんな場合じゃねぇだろ!『奇蟲』どもに囲まれちまったぞ!!」
この二人の男は、自警団である。異形の怪物が現れ、軍の力も及ばず各国が築き上げてきた秩序は崩壊していった。しかし、国が機能しなくなったとしても自分たちの身を守るのは自分たちしかいない。頼れるのは己と同じく心を通わす同志たち。
事変が起こってから、ずっと一緒に戦ってきているがやはり抵抗するといっても「奇蟲」との力の差は歴然。それでも守るべきものがある彼らは、彼らなりの矜持を持ち抵抗し続けた。
「これなら…、何かコイツらをぶっ倒せる気がする!」
髪色が急に赤になった男は腕を一振りする。瞬間、男の腕から上がっていた炎も同時に凪ぎ払われる。
「「「「「キシャァアー!」」」」」
「赤桐お前……、なんだその力!あの糞虫どもを燃やし尽くしちまったぞ!」
「あぁ……、わかんねぇけどこれなら……!ヤツらを燃やせる!」
この赤桐という男の能力が発覚してから、世界各国でも同じような事象が見られるようになった。個人によって程度の差はあれど、ようやく見つかった怪物への対抗手段という希望には生き残った人類全ての期待がかかっていった。
あれから八十年経ち、世界各国は次第に落ち着きを取り戻していった。それというのも、各地で能力を持った能力者たちが組織を立ち上げ統治を台頭したのである。
特に日本は能力の質が優秀であり、その中でも選りすぐりの八つの精鋭たちの家は八色姓族と呼ばれた。その八つの家が最前線に立ち、人々を導き『奇蟲』に対抗することで人類の身も心も、環境も回復していったのだ。
未だ現れ続けている『奇蟲』への対抗手段としては核兵器すらも通用しない。現状では、能力が発現した能力者たちが唯一人類を守り続けられる存在。
能力は唐突に発現する。親の遺伝によって、力が発現するのが一般的だが、当初の能力者たちの様に自分の想いが急に昇華される事も珍しくない。しかし、何故かそれは若い子供たちにのみ当てはまる。
そのような若く有望な能力者たちを集め、育成するための施設を組織は設けた。日本にもその学園は勿論あり、『天武学園』と呼ばれた。
そして、今日はこの学園五十回目の入学式が開かれる。真新しい制服を身にまとった輝かしい若者たちが桜舞う道のりを一斉に歩いていく姿に道行く人々は皆顔をほころばせている。
そんな新入生の中に、白銀の長髪を靡かせる女生徒がいた。スラリとしていながらもメリハリのある体躯。その端正な顔は、まるで白雪姫の様にシミ一つ無い綺麗な肌と、どこか儚さも持ち合わせつつ、可憐な桃色の唇はこれからの事を思ってか、覚悟を決めたようにキツく結ばれている。
「……ここからが、私の始まり」
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