第3話|自分を知るってこういうことなんだ。

「今さ、何が一番モヤモヤした?」


 不意に尋ねられ、私は今までの会話で感じたことを思い出す。

 シュウが有羽のことを好きでもないのに手を出そうとするのも「えー」と思ったし、誰でもいいってことにも驚いた。そして……それが私にも当てはまるんじゃないかって思って……そうだったら嫌だなっていうのと、そうかもしれない可能性が高くて……怖かった。


「あ、ストップ。男の人は誰でもいいわけじゃないからね。そこんとこ誤解しちゃうと、シュウでもかわいそう」

「え?違うの?」

「うん。シュウもそこまで酷くないし。多分」


 多分て、フォローになってないんだけど。冗談だとわかっている有羽も笑って返す。


「誰でもいいっていうのは、もう犯罪レベルのやつね。じゃなくて、感情抜きでも行為はできるっていうか……うーん。男の人にとってはご飯だと思えばわかりやすいかな?」

「ご飯?」

「そ。食事のこと。毎日食べないと生きていけないでしょ?エネルギーにも変換されるし。たとえ『おにぎり』だけだとしても、お腹は満たされるじゃない?そんな感じ」

「面白いわね。言葉は悪いけど、とりあえず空腹がしのげればいいっていうのも納得できるわ。好みもあるだろうしね。へー」

「ずーっとおにぎりだけじゃ栄養偏って体調も崩すし、人のもの勝手に盗ったりとかしないでしょ?相当なことがない限りは」


 なるほど。だから『誰でもいい』わけじゃないし、究極のところできるかできないかだったら『できる』って言ったんだ。


「じゃあ女の人は?」

「うーん。デザート、かな」

「デザート?」

「だね。毎日じゃなくて、何か特別な時とかご褒美とかたまにでいいから、もんのすごくおいしいのが食べたいっていうイメージ」

「あー、なんかわかるわ、それ」


 癒しよね、ある意味。めちゃくちゃおいしいスイーツ食べてる時って幸せだし。


「そう、それ!すっごい幸せだよね」


 嬉々として賛同する有羽に、私も彩ちゃんでさえも何も言わずに有羽を見つめた。それに不思議に思う有羽が私たちの顔を交互に見比べて思考を覗こうとした。


「……え?何、わからない」

「有羽ってさ、たまにすっごいボケるよね。幸せそうで羨ましいわー」

「はほおおおおおおう?何言っちゃってんの?スイーツの話でしょ?え?ちょ、やめてホントに。この話おしまい!すんませんした!!」

「キャラが崩壊してるから」


 例え話をした張本人がそれを知りませんなんて通用しないことを悟った有羽は、顔を真っ赤にしながら慌てて謝った。その姿に肩を揺らして笑ってしまう。我ながらドSな性格をしてるわ。


「……ホントは、モヤモヤしたことをテーマにするのが、一番自分を知るためにいいからと思って聞いたんだけど、墓穴を掘るとは思わなかった」


 はあ、と一つ大きなため息をついて有羽は言う。


「そうね。悩んでいることを、「どうして?」「なぜ?」って自問自答していくのが一番いいもの。そして、それを小説のキャラとして客観的に見つめることで、より理解が深まるしね」


 彩ちゃんがフォローをした。

 そうだったんだ。からかってしまったことを少しだけ反省して、今教えてもらったことをメモする。


「じゃあ、モヤモヤしていることを一つ一つテーマにして書いていった方がいい?」

「そうね。でも小説となると『対比となる存在』と『オチ』が必要になってくるから、まずは有羽との会話を小説にしていくのがいいと思うわ」

「会話を小説にする……というと?会話文だけにするとか?」

「それでもいいわね。会話文だけ書けたら、その間に『地の文』と言われるそのキャラが思っていることや状況説明などの文章を入れればいいから」

「うん。それが一番簡単だね」


 なるほどなるほど。ポイントをメモする手をさっさと動かしながら、質問を続ける。


「何で有羽との会話なの?」

「それが一番『対比』になりそうだったから。さっきも、谷山くんが有羽に手を出すってことで意見が分かれたでしょ?そういう対比を載せると、オチがより栄えるのよ。その対比との関わり合いで自分がどう変わったのか?って」


 そういえば、さっき有羽は「好きじゃないから」と言っていた。彩ちゃんは続けて「別に、それをテーマにしなくてもいいけど」と付け足したが、気になった私は有羽にその真意を尋ねた。

「んー、でもこれは推測でしかないからね。本当のところはシュウに聞いてよ」と念をおされたけど、私は頷いて先を促した。


「シュウはさ、自分が相手をどう思っているか?っていうことよりも、自分がどれだけモテるかってことに意識が向いちゃうんだと思う……私への態度は、なんていうか一種のギャンブルなんだよね」

「ギャンブル?」

「そう。私のシュウに対する態度も問題だとは思うんだけど、周りから見てどういう印象受ける?」

「有羽はシュウが嫌いで、なのに手を出そうとするバカ」

「そうなんだけど、悪く言い過ぎ」

「確かに、私もそれは気になっていたわ。あんなことしていたら増々嫌われるのにね。……だからギャンブル?」


 だからギャンブル?ギャンブルって賭け事よね。賭ける金額が高ければ高いほど興奮するっていう。


「金額が高いって、まあ単純に考えると、価値が高いとも言えるでしょ?ってことは、手に入りにくい。なら、逆に言えば手に入れた時はものすごい高揚感を得られる……つまり?」

「自分を嫌いと言っている有羽をおとすことに興奮を覚えているってこと?」

「ピンポーン!彩ちゃん、大正解。って、これは私の考えだけどね」

「は?最悪じゃない。好きでもないのに手を出すなんて。……って、あれ?つながった」


 本当のところは有羽の言う通りわからない。だけど私は妙にスッキリと落ち着いた。


「私も悪いんだけどさ、里紗と付き合ってて、彼女の友達に手を出したらその関係はどうなるか?ってことをちゃんと考えられない人は、やっぱり好きになれないよね」

「そうね。私も好きになれないわ」

「ちょ、二人とも、ここにその彼女がいるんですけど」

「ですよねー。サーセン」

「軽っ」


 そう冗談を口にしたが、いつも最後はこんな風に笑い飛ばせるようにしてくれる二人に感謝していた。

 今の会話だけでも、また一つ自分の彼氏がどうして浮気をするのか?がわかった気がする。私はずっと「好きだから」有羽にあんな言動をしていたんだと思っていたけど、そうじゃないこともあると気づかされた。

 そうか、こういうことなんだ。自分を知るって。


 さっき感じた触れたくないことへの恐怖。私が思いもよらなかった考えに触れ、この後も私は自分を深く知ることになる──



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