第2話|小説を書くって奥が深かった
私は小説を書いたことがないから「続きが書けない」という感覚がよくわからなかった。
有羽の書いたこの小説は、彼女がいるにも関わらず女子から誘われたら簡単に遊びまくるという男子が主人公の恋愛ものだ。
そんな主人公に悩んでいた彼女は、他の男子に相談をしていて、そのうち恋心を抱いてしまう。物語の始まりは、それを知った主人公が彼女をフるところから始まっていた。
ヒロインはそれに巻き込まれる形で主人公と付き合うふりをするのだけど、主人公はそれからどんどんヒロインに惹かれるようになる。
有羽は初め『初恋は実らない』を皮肉ってみたかったと言っていたんだけど……それなら主人公がフラれる終わり方で問題ないはず。
「付き合わないって終わりじゃダメなの?」
思ったままを聞くと、有羽は更に考え込むような仕草をとってうなり始めた。
「それだと、ちょっとヒロインがやりすぎたっていうか、小悪魔通り越して悪魔だなって思って。付き合うフリとかお弁当を毎日作ったりしてるのに、本当は好きじゃありませんて酷くない?勘違いさせるようなことしておいて、それはないなーと。そう思ったら書けなくなっちゃった」
「え?そんなもんなの?別に平気じゃない?」
やっぱりその感覚がわからない私は、ありのまま質問をぶつけた。
「有羽は自分の中で腑に落ちないこととか、納得できないことは書かないってこだわりをしっかり持っているからね」
「そう!そうなの!さすが彩ちゃん。私はもうちょっと柔軟になりたい。彩ちゃんくらいとは言わないけど」
「私は、長いものに巻かれるところがあるから。でも、小説を書くにはこだわりって必要よ?だから有羽のは面白いし」
へー、と思わず口に出た。
「何かを伝えたいって想いが文字となり、形になるのが小説だからね。人をワクワクさせたいっていうのも、自分のワクワクすることを伝えたいってことだし」
またも、へー!と感動する。有羽もうんうんと頷いているのを見て、有羽もそうなの?と聞いてみた。
「もちろん。それもあるし、あとは、自分を知るためだったり、好きな人たちのスゴいところを多くの人に知ってもらいたいっていうのもあるよ」
「自分を知るため?」
「そう。文字にすることで考えていることが目に見えてわかるでしょ?すると、あー私ってこんなこと考える人なんだなって客観的に見ることができる」
なるほど。確かにそうかも。
「わざと自分とは反対の考えを想像するだけで視野が広がることもあるし、そういう人と出会った時にも対応できるしね」
「さすが演技の先生ね。だから役作りの幅が広がって、それが小説に活かせるんだわ」
「そう言ってもらえると嬉しいけど。あんまり自分とかけ離れちゃうと、なかなか先に進めないっていう弱点もあるんだよね」
「しかも有羽の場合は『好きな人たちのいいところを伝えたい』っていうのがあるから、今回は余計に書けないってなったんじゃないかしら?」
「それだ!付き合うにしても、主人公のいいところがなかなかうまく表現できなくて。それにこのタイプにどう肝心なことに気付かせるか?って考えたらめんどくさくなった。第一、本人が浮気するのやめようって思わない限り意味ないよね」
そうか。やめようと思わないからやめないのか。きっとあいつもそうなんだ。ホントにもう。
私はこの小説の主人公と自分の彼氏を重ね、一人深いため息をついた。
「ねえ有羽。この主人公、シュウに似てるよね?シュウをイメージして書いたの?」
「え?あー、似てるっちゃ似てるけど。ピンクボーイな部分でしょ?」
「ピンクボーイ……確かに谷山くんにはその表現が一番しっくりくるわね」
私の彼──
「でもシュウじゃないよ。シュウの方が酷いもん」
そして親友にまで言われるこの始末。ホント、どうかしてるわ。
「ほら、ヒロインの子、有羽に似てるじゃない?なんかさ、シュウが有羽に手を出そうとするのもこんな感じなのかな?って」
「ヒロインは私の考えの一部を代弁してるようなものだからね……って言っても、あんまり似てないよ?それに、この主人公はヒロインのこと好きになるけど、シュウの私に対する態度は好きだからじゃないし」
その突然の告白に、一瞬目眩がした。有羽の顔を訝しげに見つめて、それを否定する。
「は?え、いやいやいや。好きだからでしょ?」
「いやいやいや。好きなら手なんか出してこないよ。っていうか、それだと困るの
「そりゃそうだけど……え?どゆこと?好きじゃないのに手出すって」
「んー、だからそれはさ、男の人と女の人とでは根本的に性質が違うんだよ。感情的なこととか諸々抜きにして、男の人なら誰とでもエロいことできるか?って言ったら『できる』だもん」
「好きじゃなくてもできるの!?」
「単純にできるかできないかで言ったらだよ?──って、この話続ける?」
有羽は笑いながら彩ちゃんをちらりと見た。あ……そうか、彩ちゃんはこの手の話が苦手だった。
「私は聞いてる分には平気よ。自分のことを話せって言われたら遠慮するけど」
「じゃあ」と彩ちゃんに甘えることにして、私は話を続ける。
女性はまず好きな人ではないと、触ることも触られることも嫌だし、酷い時は一緒の空間にいることでさえ気持ち悪くなる。
『痴漢』をするのが圧倒的に男性が多いのも、そもそも『触られて吐きそうなくらい気持ち悪い』という感覚がないのだと有羽は言った。
「そっかあ。じゃあ、好きじゃなくても抱けるってことは、シュウも私に対してそうだとしてもおかしくないよね」
「おっと!いきなりそんな深い話しちゃう?」
有羽はおどけてそんなことを言ったが、すぐに困ったような悲しそうな顔をして私を真っ直ぐに見つめた。
「あのね、シュウのことに関しては推測なら話せるよ。里紗の相談にものるし、必要なら里紗にとって厳しいことでも言う。でも、シュウの気持ちはシュウに聞かないと本当のことはわからないよ?勘違いで自己完結したり我慢ばかりするのは、良くないと思ってる。……里紗はね、もう少し自分を大切にして欲しいな」
「大切にしてないかな?」
「ちょっと雑だよね。「まあいいや」って妥協すること多いでしょ?それがなければ、さっきみたいなシュウが自分を好きでもないのに、なんてこと言わないもん」
しまった。有羽は洞察力がずば抜けていたことを忘れていた。いつもは意識しない、触れたくないところを刺されたような気がして、言葉が出てこなかった。
そんな私を見て、彩ちゃんがそっと声をかける。
「私には二人のことよくわからないし、恋愛に関しても得意な方じゃないからうまく言えないけど……里紗ちゃん、自分のために小説を書いてみたらどう?」
自分のために小説を書く?オウム返しのように、投げかけられた言葉をそのまま口に出した。彩ちゃんは頷いて。
「そう。もしよければだけど。さっき有羽も言っていたけど、自分を知るために小説を書くことって結構あってね。私はストレス解消でも書くことがあるわ。言えなかった自分の意見とかを言葉にして書き出すとスッキリするの」
「わかる!私もドロドロした気分になった時、代わりにキャラで行動させたりするもん」
「へー……私にも書けるかな?語彙力ないけど大丈夫?」
「書けるよ!語彙力だって必要ないし」
「それ、漢和辞典と国語辞典を愛読書にしている人に言われたくないわー」
そうなの?と笑いながら彩ちゃんが聞いた。有羽も笑いながら頷き、そのあと
「でも本当に関係ないよ。私はリアル……っていうか、生きてる言葉を使いたいから、そんなにたくさんの言葉を知っているわけじゃないしね」
と続けた。
「生きてる言葉?」
「そそ。綺麗な日本語並べたって、自分の世界観を見せたい私にとっては意味ないし。特に会話はちゃんと口から出た言葉にしないと気持ち悪くて」
「それに自分のために書くんだから、どういう言葉でも文章でも自分が良ければいいのよ」
二人の話を聞いて、何だか自分にも書けるような気がして少しだけワクワクした。ううん、正確に言うと、書けるような気がしたのではなく、書いてみたいと思った。自分のために。
「まずはどう書いていくのかを教えてくれる?」と聞くと、二人はにっこりと笑い、声をそろえて「もちろん」と答えた。
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