Scene50 馬鹿のひとつ覚え

 北村ジュンは、両脇を屈強な警備隊員に固められたまま、警察の特殊車両に乗せられた。内部は、極限までに無機質な雰囲気にしつらえられたカフェといった趣で、ベンチとテーブルが押し込んである。


「あんた、この大学を爆破する計画を立てとったと聞いとるけどね、マジな話?」

 中堅といった感じの警察官が濁声だみごえで言った。右目まぶたにはオオカミに引っかかれたような古傷の跡がある。


 大丈夫、これは夢なんだ。俺は夢を見せられているだけだ。そのうち俺は自由になる。

「あんたねえ、そうやって何も言わんでおいたら、後でものすごく後悔することになるよ」

 落ち着け、作戦はまだ終わっていない。チャンスをうかがうんだ。

 俺には神がついている。


「それにしても、気多君だっけね、君はものすごいことをやってのけるね。いったいどういうことなのか、逆に教えてほしいくらいだ」

 角瓶正文は、灰色の顎髭を撫でながら聞く。


 北村ジュンはふっと顔を上げる。

 角瓶は続ける。

「いやね、君が深川明子さんに対してやろうとしたことは、まさにサイバー・アサシネーションなんだ」

 角瓶は険しい目をして覗き込んでくる。

「我々研究者も、技術を絶対にそっちに持って行っちゃいけないって細心の注意を払ってる領域なんだけど、よくぞあれほどのシステムを開発したなって、素直に敬意を払うところもあるんですよ、素直な話」

 敬意を払う? 

 このおっさんは、ここの大学の教授だろうか?


「はじめまして。いや、はじめましてというのもおかしいか。お初にお目にかかります、くらいかな」

 葉傑偉は角瓶とは対照的に、明るい瞳を向けてくる。香港出身者とは思えないほどの流暢な日本語を操ってくる。

「分かりますよ、この現状が呑み込めないわけでしょ? 簡単に説明しましょう。角瓶教授から依頼を受けて、あなたが制作したサングラス型端末を解析した私は、あなたの事務所のネットワークにお邪魔したんです。ご存じかもしれないけど、メールの添付ファイルからあなたのパソコンに入って、アンパンマンを登場させたんです」

 アンパンマン? あ、あれか。いったいいつのことだったろう?

「そんな怖い顔をしないでください」

 葉は身をのけぞらせる。


「完全にテンパったあなたは、次から次へとパソコンを使って、私の居場所をつかもうとしました。ところがその情報は全部私のパソコンに入ってきていました」

 葉はパソコンの画面に湧き出るソースコードのように、日本語を繰り出す。

「申し訳ないですが、私はその道の研究者です。自信を持ってハッカーを名乗ることが出来ます。申し訳ないですが、あなたはハッカーとは呼べません。個人的な欲望にとらわれてネットワークを悪用しているだけですから。あなたみたいな人をクラッカーと呼んで、我々ハッカーは心から軽蔑し、できるだけ近づかないようにしているのです」

 こいつ、俺を罵倒しようとしているのか? 深川泰彦と同じだな?

「ですから、ほんとにやめてください、その顔は」


 葉が言うと、北村ジュンの腕をつかむ機動隊員の力が増した。

「あなたのパソコンには、あなたが過去に犯してきた事件のメモや機材の入手経路、連絡先等が残されていました。いろんな研究者たちと取引されてきたようですが、中にはその道でかなり名の通った一流のラボがあったりと、人脈の広さには驚かされました」

 透は目の前に引きずり出されて荒い息をしている男を見て、ただただ違和感を覚えるばかりだ。この男がカウンセリングルームの上階に潜んでいたことが今でも信じられない。


「あなたの犯罪歴から、絶対にリベンジしてくるだろうと予測した私は、角瓶教授に相談し、大学院生30人と、企業からサイバーセキュリティのプロフェッショナルを緊急招集して、特別チームを結成しました。それと同時に、学務係の職員にも情報提供しました。あなたはきっとホームページに記載されている大学のURLから侵入するだろうと目論んだからです」

「うぅ・・・・・・」 

「すると、案の定、あなたは受験生を装って出願登録をしてきました。私たちは応募フォームを送付しましたね。あれがダミーだったんです。俗に言う『トロイの木馬』ですよ。そもそも大学から受験生1人ひとりに書類送付なんてしませんよ。今の受験生は、全部自分でダウンロードします」

 トロイ・・・・・・

 その言葉を聞き、北村ジュンには次第に現実感覚が復活してきた。


「私たちはあなたが新しく用意したパソコンに入ることが可能となり、あなたが企んでいることとか、あなたの居場所もグリップすることに成功したわけです」

 角瓶は目を閉じて話を聞いている。

「あなたが本学の施設を徹底的に調べ、特に化学プラントを執拗にリサーチしていることから、爆破を目論んでいることがすぐに分かりました。あなたが過去に敦賀の原発でやったことと同じことをやろうとしている。『馬鹿のひとつ覚え』ですね」

「何ぃ!」

 目を覚ました北村ジュンはサメのような目で睨み付けた。機動隊は冷静に抑える。2人とも元々筋肉質な体の上に屈強なベストを着用している。


「車に戻してくれ、1度、車に戻してくれ!」

 お前たちの前で手榴弾を引き抜いてやる!

「まあ、待て、話したいことを話す場を与えてやってるんだから、今のうちに何でも言っておいた方がいい」

 右目に傷跡がある警察官は、だるそうな口調でなだめる。

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