Scene47 コンピュータ・オタク
❶
山陽自動車道の
この後、
とはいえ、さすがに睡魔が襲いかかってくる。
空はまだ十分に暗く、薄雲の間からは星も光っている。
エンジンを停止し、シートベルトを外し、腰をかがめて2列目のシートへと移動する。黒いシールドが貼られた窓から外の様子をうかがうと、何台もの大型トラックが並んで停車している。この小さく静かなパーキングエリアは、仮眠を取るのにちょうどいいらしい。
シートをリクライニングして、横になる。
そういえば、一昨日からほとんど寝ていない。
数日前に、怜音にジュラシックパークの中を2人で逃げているみたいだという話をしたが、あれは予言だったのだといわんばかりのサバイバルな状況だ。
スマホの目覚ましをセットして目を閉じる。
だが、頭が冴え渡って、うまく寝付くことが出来ない。
今頃怜音は3階のあの部屋で、女神に見守られながら眠っているだろうか?
怜音、今は黙って待っていてくれ。明日の夜にはそっちに帰るから。
目を閉じたまま大きく息を吐く。
それでも上手く眠れない。記憶の中で忌まわしい声が聞こえる。
まさか、俺のエングラム細胞が活性化しているとでもいうのだろうか?
深川泰彦とアーロン・リーン。
あの世の2人が耳元でささやきかける。
おい、やめてくれ。頼むから寝かせてほしいんだ。
だが、声はやまない。
お前たちのことを忘れているわけじゃない。
海外に出れば殺人のハードルは驚くほど低くなる。人を殺しても悪いとさえ思わない奴もいる。国同士が殺戮し合うことなんでザラだ。
法なんて、人の手で作られた恣意的な取り決めだ。そもそも日本国内でしか通用しない法がたくさんあるじゃないか。
広く世界人類という視点から見れば、人は時と場合により、自分らしく生きるためには手段を選ばないという選択肢もあるんだ。俺は自分のプライドを守り、愛する女性を守ろうとしている、ただそれだけだ。
心の中でそう叫んだところで、記憶の高ぶりは鎮静化しない。
2人の死者は黒い影となって覆い被さってくる。その重みで暗黒の深みへと沈み込んでいく・・・・・・
❷
アラームが鳴る1分前に目が覚めた。
4:59の表示が浮かび上がる。
東の空はうっすらと白みがかかり、さっきまで見えた星もその中に消化されている。
今にも朝陽が上がろうとする神々しい光景を見たとき、まだ自分が生きていることに大きな違和感を覚える。
シートから体を起こす。原油のような汗を背中にかいている。寝ている間に何者かとバトルをしたみたいだ。
小鳥のように首を伸ばして辺りを見回すと「シャワーステーション」の看板が目に飛び込んでくる。
コインシャワーで全身の汗を流した後、隣接するセブンイレブンでメロンパンとアイスコーヒーを買い、再びエルグランドに乗り込む。
食事を取りながら、一昨日作ったばかりのパソコンを立ち上げる。じつに素早い起動だ。
Linuxを開始し、学内LANに進入できるか念のために改めて確認する。
至る所のパスワードを記憶させているので、よどみなく実験施設の制御システムに忍び込むことが出来る。すばらしい!
今この時間は、すべての機器がアイドリング状態になっている。
おいおい学生諸君、理系の研究者は24時間体勢で研究に勤しむものだぞ。寝ている場合じゃないんだ。そんな怠慢をしているから、後でどえらいことになるんだよ。この俺が、身をもって教えてやるから待ってろよ!
独り言をつぶやき、アプリケーションを閉じる。
❸
脳の奥が依然として重い。あの2人が取り憑いているみたいだ。
気にするな。すべては思い込みだ。霊なんて、弱気な人間の思い込みによって仮想されているだけのものなんだ。
そう言い聞かせながら、今洗ったばかりの後頭部の髪を掻きむしり、よく冷えたコーヒーをストローで喉に流し込む。
運転席に乗り込み、ナビゲーションの目的地を「京都工業大学」にセットしてから、アクセルを踏み込む。怜音の潤沢な資金で購入した6気筒のエンジンが静かに背中を前へ通してくれる。
少しだけ窓を開けると、風が心地よい。
ナビゲーションで現在地を確認すると、どうやらここは神戸のずいぶん北で、辺りは山に囲まれている。
そういえば俺も、全国色んな場所を渡り歩いたものだ。
たった1人の女のために、こんなにも這い回る人生も、そろそろ終わりにしないといけないなと思う。
俺のことをオタクだと呼ぶ奴は間違ってる。
おい深川、どうせお前も俺をただのコンピュータ・オタクだと思っていたんだろう?
でもどうだい、この機動力は!
ここまで来たら、中途半端なことはしないよ。
最後までよく見ておくがいい!
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