Scene48 大学リベンジ

 京都工業大学のキャンパスは、ストリートビューで確認したイメージとほぼ変わらないスケールで目の前に現れた。

 6:45。

 予定したとおりの時間だ。

 事前リサーチの通り、門番の守衛はまだ定位置についておらず、やすやすと構内に侵入できる。葉の研究室は正門を入ってまっすぐ進み、本部棟の建物を右に曲がったその先にある。


 学内の道路は完全に静まりかえっている。

 学生の姿はおろか、鳥すら飛んでいない。映画の撮影セットの中を進んでいるようだ。

 窓を開けると朝陽が差し込み、クマゼミの声が聞こえる。ヴァーチャルな世界から現実に戻ってきたのを感じる。

 本部棟を右折し、図書館と厚生棟の間の道路をさらに右に入ると、大きなケヤキの木が5本並び、その奥に昨夜何度も確認した6階建てのビルが目に飛び込んでくる。


 先端科学研究科 C棟。


 駐車場にエルグランドを停車し、改めて全体を見上げる。淡い水色がかった壁のビルが青い空に向かってそびえている。

 車の外に出ると、真夏の京都の猛暑が容赦なく照りつける。ここは山口じゃないことを一瞬で体感する。

 それにしても、大学という場所に足を踏み入れるのはじつに久しぶりのことだ。

 挫折と絶望にたたきのめされ、やむなく退学した記憶。

 今日のミッションは、大学というシステムを生み出した社会全体へのリベンジになるかもしれない。


 建物の入口に立ち、昨夜盗み取った電子キーのコードを入力する。

 **1395♯♯

 電子音とともに電子ロックは解除され、中へと入る。


 南側に建つ工学研究科のB棟が日差しを遮っているからか、内部はひんやりと湿っぽい。ここからは上履きを履くように指示されているが、そんなことは気にせずにスニーカーのまま進んでいく。1秒たりともロスは許されない。

 入口を入ってすぐ左手に談話コーナーがあり、そこをまっすぐ行くと突き当って廊下は左右に分かれている。目的地は右に曲がったところにあるはずだ。

 それにしても学内に人の気配はない。

 

 ほどなくして実験施設の前にたどり着く。

「工学研究科 先端科学科共同実験室1」と書かれたプレートが貼られている。ドアは分厚く頑丈だ。

 床から天井までをなめるように見渡した上で、電子キーの操作盤に目を遣る。専用のカードキーをスキャンすることによって開くようになっている。

 北村ジュンはタブレット端末を取り出し、ネットワークに入り込む。管理者用のパスワードを入力し、この扉の開閉プログラムにたどり着く。ディスプレイ上の「OPEN」の表示をタッチすると、思ったよりも大きな音を立てて、鍵が開く。一瞬何かの間違いのように思えて身構えたが、どうやらこれで正常な作動のようだ。


 実験施設の内部はかなり本格的だ。パソコンが並べられ、インダクタやキャパシタの大型製造機器も並んでいる。

 さすがは京都工業大学だ。

 とはいえ、装置は完全停止している。

 キャパシタ製造の電子盤に移動し、操作パネルの扉が電動で開くようになっていることを確認する。ここから水素ガスを侵入させるのだ。

 施設の隅にある水素発生装置にも目を遣る。図太いホースはキャパシタ製造器にもつながっている。

 すべては電子制御。パソコンで操作可能だ。

 その時、外から差し込む日差しが強くなってきたのを感じる。急がなければならない。

 プラントと作業用デスクの間仕切りになっているシャワーカーテンのレール上に小型カメラを取り付け、全体が見渡せるようにセッティングした後、足早に実験施設を後にする。

 その間、誰ともすれ違わない。

 重ね重ね、いかにものんきな大学だとうんざりする。これじゃあまともな論文も書けないだろうし、競争的資金の獲得も難しいだろう。


 再びエルグランドに乗り込み、張り込みを開始する。

 時刻は7:19を示している。


 葉傑偉は、おそらく9時過ぎには現れるだろうと予測を立てていたが、8:16に登場した。昨夜何度も画像を確認したその人物が、髭を蓄えた教授らしき男と2人で現れた。

 葉はグーグルやフェイスブックに公開しているそのままの顔で、香港人だか日本人だか判別がつかない風貌をして、内部へと消えていった。

 北村ジュンは、原発のプラントを操作したときと同じく、激しい緊張状態に陥った。あの時と同じく、ターゲットだけがまんまと罠にはまってくれたのだ。

 こんな偶然があっていいのだろうか?

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