Scene21 完全無欠のパソコン

「あ、またサングラスを外しましたね」

 北村ジュンはやる気のない実況中継のように言う。怜音は身体を乗り出してパソコンのディスプレイを覗き込む。

「ホントだ。スコアが完全に止まってるわね」

 北村ジュンはごく微細なため息を吐き、キーボードから手を離す。


「まあ、でも、いいじゃないですか。まだネタバレしていないことが分かっただけでも。たぶん、何らかの気まぐれで付けたり外したりしてるんですよ。いずれまた付けますよ」

 怜音は執刀中の外科医のような視線で、ディスプレイと自分の間にできた空間を見つめる。

「いまいましいわね」

「あとちょっとのところだったんですけどね。どうでしょう、またサングラスを付けますかね? でも、もう夕方かあ……。鎌倉はだいぶ日が傾いてるはずでしょうね」

「もう少し様子を見てみようじゃないの」

「了解です。で、もしまた装着すれば一気に攻勢をかけるってことですよね?」

「かけるに決まってるじゃないの。もう腹をくくっちゃってるんだから」

「ただ、さっきの時間帯とは違って、今はちょうど夕食の時間です。厄介なことになりませんかね?」

「何よ、厄介なことって?」

「いや、鎌倉って、この時間になるとけっこう人通りが増えるじゃないですか。もし駅のあたりで夕食をとっている最中に絶命されたら、それこそ大騒ぎになりませんかね」

「それで何か問題でも?」

「繁華街で変死でもすれば、ニュースに取り上げられたりしないですかね。今は民主化が気持ち悪いくらいに最高潮に達している時代だから、動画を撮られたりするかもしれないし、マスコミの注目度合いによって、捜査する警察の気合いも違ってきますよ」

「奴等が今繁華街にいればという仮説が正しければ、そうかもしれないわね」

 北村ジュンは全ての体重を預けるようにして椅子にもたれた。


「とりあえず、この時間帯は、休憩にしましょうか」

 怜音はそう言い、北村ジュンと同じように椅子にもたれた。


「ジュン君は過去にマスコミを騒がす事件を引き起こしたわけよね。あの時はどうだったの? バレるのが怖くなかった?」

「絶対的な自信がありましたから。警察がボクの存在に気づくはずがないと。案の定、マスコミの報道もプラントの制御システムそのものに問題があったというところから離れようとしませんでしたし。原因により燃料の制御システムに不具合が生じてしまったと報じるばかりでした。折しもボクのミッションのちょうど3時間前にプラント周辺で落雷が起こっていた。結局、専門家たちは落雷によるシステム障害だと結論づけたんです」

「悪運が強いわね」

「うん、ボクの場合は幸運じゃなくって、間違いなく悪運ですね」

「ひょっとしてあなた、捕まった方がいいかも知れない?」

「世間的には、間違いなくそうでしょうね。でも、ボク的には捕まるわけにはいかない。まだやらなければならないことがありますから」


 怜音はビルケンシュトックのサンダルを履いた足を組み直す。その白くほっそりとした太股を隠すように短めのスカートの裾を伸ばす。


「くどいようだけど、分からないわね、あなたの目的というものが」

「そのうち分かりますって。それよりも、今、注意しなければならないのは、プラントの事故から数年経ってるってことですよ。その間、いろんなことが進んでいて、サイバーの問題もずいぶんと明らかになってきました。前のようにはいきませんよ。ましてターゲットが死ぬときはパワーグラスを装着しているときだから、警察に不審に思われるかも知れませんし」

「こっちに戻ってきたときに死んだって同じことだと思うんだけど」

「ここでやればいいじゃないですか。怜音さんのカウンセリング中に心不全を起こした。救急車を呼ぶ前にパワーグラスを取るんですよ。ターゲットはずっと変調をきたしていて、いつ絶命するかも分からない状態だった。そのことを、彼が証言してくれるはずです」

「透ね。あいつはうまく利用してやろうと思ってる」

「でも、もしここで死んだら、警察は怜音さんを調べるでしょうね」

「間違いないわね。私がリベンジするためにはるばる萩にやってきたという事実をつかまれたら終わりね。何か根拠を作っとかなきゃいけないわね」

「でも、あなたがターゲットを殺す方法が警察には見つけられない。ボクはこのパソコン1台で完全に完結してターゲットを殺害したんだから、それに関するデータをすべて削除すれば絶対にバレない。最悪な場合、パソコンを廃棄してしまえばいい」

「そもそも、人を殺すっていうことは、それくらいのリスクを伴うのね。でも本当にジュン君は大丈夫なの? 今回の件で、あなたが引き起こした過去の事件までバレちゃったりしない?」

「絶対にバレません。あの時のパソコンは一切使っていませんから。もし危なくなったら、すぐに廃棄する用意も出来ています。それに、今はこの超ハイスペックなパソコンに換えてますしね。怜音さんからいただいた多分な資金で」

「あなたが自分で作ったんじゃないの」

「完全無欠のパソコンですよ」

 

 窓の外には、金色の魚の鱗のような海面が水平線に向かって果てしなく続いている。

 私はいったいあとどれくらいこの美しい海を見るのだろう?

 数日後には首を取られてしまうのではないかという根拠のない予感が怜音の頭をもたげる。

 あいつは今鎌倉にいるという。

 暗殺される前の鎌倉時代の武将の心境が潮風で運ばれてきたような錯覚を覚える。

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