Scene14 すべて時間が解決する

 円覚寺を出た2人は、最初に目に留まった古民家カフェでランチをとった。ランチと言っても、明子がオーダーしたのはアイスレモンティとクッキーだけだった。

 

「そろそろパワーグラスを外しても良いんじゃないかい、暑いだろう?」

「大丈夫よ。これをしていると、やっぱり落ち着くのよ。身体の一部みたいになってるから」

 と言ったものの、彼女が落ち着いているようには決して見えない。むしろ、白くて細い顔に負荷をかけているようだ。


「それにしても、きつい思いをしたね。いったい何が起こったんだろう?」

「過去の記憶が、ものすごく強烈に襲ってきた」

「記憶、というのは?」

 明子は一段表情を暗くした。

「亡くなった彼のこと。原子力発電所の事故の対応で、過労死してしまったこと。彼は仕事に夢中だった。だから、たまらなく無念だっただろうと思う」

 やっぱりそこか、と透は思った。明子との新しい旅立ちを願っての鎌倉だったが、逆に彼女が過去に囚われるようではつらい。思い通りにならないのがこれまでの人生だ。

「彼は必死にもがき苦しんでいた。全身から血があふれてきて、私を睨んでる。まるで、私が彼を刺し殺したみたいな顔をして。いえ、彼を殺したのは、本当は私なのかもしれない・・・・・・」

「もういいよ、やめよう!」

 思わず声を荒げた。

「君は疲れてるんだ。事実じゃないことまで考えすぎてる」

 明子は指先で両方のこめかみを押さえながらうつむいている。

「他にも、いろんな人が出てくるの。その中には私の知っている人もいる。心当たりがあるの。私がその人を殺したのよ」

「それは俺の知らない人かい?」

 明子は潰れたアルミ缶のように表情を歪ませたまま、何も答えようとしない。

「そこまで口にしたんだから、気になってしまうよ」


 しばらく沈黙した後、明子はわずかに口を開いた。

「ごめんなさい。でも、いずれわかること。私が救いようのない人間だっていうことが」

「それはどういう意味だろう?」

「すべて時間が解決するっていう意味よ」

「おいおい、君も怜音さんと同じことを言うんだね。待たされる方はたまったもんじゃないんだ」

 明子は両手で頭を抑えたまま、声を絞り出す。

「怜音さんと私は価値観が似ているのよ。あの人は私にとっては恩人でありソウルメイトなの。あの人がいなかったら、今頃私もいない。捨てる神あれば拾う神ありって言うけど、あの人は私にとっては拾う神。私の意識を超えたところをちゃんと理解してるの。私にはそれが分かるのよ」

「でも、すべて時間が解決するわけじゃない。まずは、人為的な努力があってこその他力本願じゃないだろうか?」

 明子は微細に首をかしげて、アイスレモンティにそっと口に付けた。

 透の言うことの意味が全く理解できていないような乾ききった空気が2人の間を一瞬通り過ぎた。

 これも鎌倉なのだろうかと透は思った。

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