Scene12 実朝のシルエット
❶
明子の状態が回復するためには、30分も経たなければならなかった。
明子はようやく荘厳な
「すごい迫力。邪気をすべて払ってもらいたいわ」
明子は弱々しく言う。
「大丈夫だよ。この日差しに当たって、熱中症気味なのかもしれないよ」
「そうじゃないわ。何らかの報いを受けてるのよ。ここは私みたいな
彼女がそう考えるのなら、それはそれでいい。今の眩暈が懺悔なのだとすれば、それを乗り越えさえすればいいのだ。過去の記憶を清算し、もっと自分の方を向いてくれるようになれば十分なのだ。透は自分に言い聞かせる。
ところが、本殿を過ぎて、
通り過ぎる参詣客が時折心配そうな顔を向ける。もしよかったら肩を貸しましょうかと言ってくれる老人もいるが、大丈夫です、彼女は疲れているだけですから、と透は丁重に断った。
明子はパワーグラスの内側のまぶたをぎゅっと閉じ、眩暈に耐えている。
「ごめんなさい、許して」
彼女は誰かにそう言っている。
激しく取り乱し、両耳を塞ぐ。ひどい幻覚を見ているようだ。
これはただの眩暈じゃない。さすがに透は思いはじめた。
❷
少し容態が落ち着いてから、明子を連れて日陰の方へと進んだ。ちょうど
明子は洞窟のようにぽっかりと開いた口から激しく呼吸をしている。
「少しは収まったかい?」
「収まってないわ。私の方が眩暈に慣れただけ」
「病院に行った方がいいかもしれない」
明子は帽子がずれるくらいに首を左右に振った。
「病気とか疲れなんかじゃないの。これは報いなのよ」
「でも君は、何も悪いことなんてしていない」
「してるのよ。私はこれまで人を傷つけてきた。だからこれくらいのことで病院に行ってる場合なんかじゃない」
その時、怜音の言葉がふと脳裏を横切った。
明子は《問題》を抱えている。
それは、他人に話すことのできない《問題》だ。
明子は、バッグの中からペットボトルの麦茶を取り出し、口に含んだ。
ため息をついた透の視線の先には、舎利殿の説明が書かれた看板が立っている。
ここ舎利殿には、源実朝公が宋の能仁寺から請来した「
源実朝……
ひょっとして明子に取り憑いているのは、実朝の亡霊とでもいうのだろうか?
実朝は幼い頃から死を予感し、諦めの中で政治を執り、そして甥に首を取られたという。その不遇な魂は今なお生き続け、同じ運命を感じている明子の魂をこの場所に引き寄せたのか?
武家屋敷のような舎利殿の前に実朝の幻影を見たような気がした。首が付いている3代将軍は、静かに自分たち見下ろしている。
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