占い依存症の殺し屋

レイノール斉藤

第1話

「殺し屋稼業に一番大事なのは『情報収集』である」

 どこぞの同業者がよくそう言っているらしい。

 それは正解ではあるが、同時に真実ではない。


 情報収集がもたらすのは誰でも分かる過去と現状だけだ。


 占いは違う。人類が知恵を手に入れてから現在に至るまで蓄えた情報から、運命という方程式を見い出し、未来に活かすことができる。非常に有意義且つ、役立つ人生の道標なのだ。

 

 依頼の期限は今日中、ラッキータイムは二十三、現在二十三時ちょうど、決行予定は二十三時二十三分二十三秒、標的は既に視界内、問題なし。


 ラッキーカラーは黒、黒服、黒髪、黒靴、黒く塗った狙撃銃、肌にも全身墨を塗ろうかと思ったがさすがに目立ち過ぎるので止めた。まあギリギリ問題なし。


 ラッキー方角、南西。ラッキースポット、ホテル。標的から見て北東に、標的を狙うのに都合の良いビジネスホテルがあった。占いで言われていたのだから当然だ。


 ラッキーアルファベット、BとR。なので獲物はサイレンサー付き狙撃銃ブレイザーR93。射程精度共にこの位置から充分に狙える。問題なし。


 ラッキーグルメ、カブトムシ、季節的に厳しいかと思ったが、食用昆虫を専門に扱う通販サイト見つけ、速達で注文し、今朝何とか食べることができた。問題なし。


 仕事運92点。やる前から成功は約束されている。


 こうやって俺、高田修は占い通りに行動し、依頼通りに暗殺を成功させ続けてきた。それは俺にとって、足を前に出せば前進できる事と同じくらい当たり前の因果律だった。


 二十三時十五分。スコープから相手を覗き見てもう一度標的に間違いないか確認する。問題なし。


 標的の名前は確か佐伯と言ったか…まあどうでも良い。どうせあと十分もしない内に死ぬんだ。

『殺した相手の事はすぐに忘れろ』

 それがこの業界の共通認識だ。


 後三分といった所でメール受信に気づく。見ると占いサイト『神の導き』からの『啓示』だった。

 最近見つけたサイトだがこれがまた面白いように当たる。今日の占いも全てそこからだ。


 さらに月十万円で不定期に受け取れるようになるメルマガ『啓示』は、十二星座などという大雑把なものではなく、俺個人へ向けられる、正に神の啓示と言わんばかりのアドバイスだ。これに何度助けられたことか。

 それが今このタイミングで来るとは…。

 いや、むしろこのタイミングだからこそだろう。

 きっと書かれている通りに行動すれば、今回の依頼も滞りなく終わるというわけだ。文面を読む。



 なん…だと…!?


 まてまてまて、どういうことだ?なぜここにきてそんな指示を出す?そんなことをしたら依頼の期限が切れてしまうじゃないか!それは一流の殺し屋として絶対にやってはいけない!だが占いを無視するのはそれまでの自分の人生其の物を否定することになってしまうではないか!


 依頼の期日は果たさなければならない

 占いを無視することはできない


 今日他人を殺してはならない

 今日中に殺さなくてはならない


 他人を殺してはならない

 殺さなくてはならない


 生きて殺して他人が依頼で啓示が自分で撃って良いのは明日で標的で今死ぬべきは果たさなければならない依頼で%#&*@§☆¢℃¥$


 ……………………………………


「こりゃあ自殺だな」

「侵入者の痕跡無し、目撃者無し、部屋に鍵、あからさまに自分で撃ってますもんね。でもわざわざ狙撃銃で自殺しますかね?」

「他に持ってなかったんだろ。自殺するような人間がいちいち合理的に動くかよ」

「確かにそうですね」


 そこまで聞けば充分とばかりに、佐伯はイヤホンを耳から外した。

「だから言ったのに…殺し屋稼業に一番大事なのは『情報収集』だって」

 …と一人言を呟き、次にすぐ電話を掛け始める。


「佐伯です。依頼完了しました。え?自殺?馬鹿言っちゃいけませんよ、あれは全部僕の仕込みです、彼のことを隅から隅まで調べて、架空の占いサイト作って誘導して、裏工作大変だったんですからね?というかですね、高田さんに僕を殺すように依頼したのもあなたでしょ?裏取れてるんですからね、本来なら違約金貰うところですよ、全く……はい、入金確認しました。またよろしく」


 電話を切ったところで、目の前のPCのディスプレイに「ファイル『高田修に関する情報』の削除が完了しました」の文字が映る。

 そのまま電源を落とし、そして佐伯自身も、『高田修という人間がこの世に存在していたという事実』そのものを記憶から完全に消した。






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